コロナ禍の影響でテレワークが推奨される昨今、狭い自宅から脱出し、リゾート地でのワーケーションに切り替える人が増えています。そして企業側にも、ネット環境が整った地方都市に「サテライトオフィス」を構える動きがあります。

これらの動向に伴い、賃貸ニーズも都心部から地方へと拡散されることが予想されます。今、企業が狙うサテライトオフィス候補地はどこか、またサテライトオフィス誘致に熱心な自治体はどこかについて解説します。

環境が整えば、地方都市でも仕事はできる

「サテライトオフィス」と聞くと、イギリスの実業家であり冒険家としても知られるリチャード・ブランソン氏が立ち上げたヴァージン・レコード社を思い出します。同社は1970年代にメール・オーダー方式のレコード販売会社を創業、その後、ロンドン中心部のオックスフォード通りにレコード小売実店舗を開業しました。

業績は上々、次なる目標は自社レコードレーベル発足と、レコーディングスタジオ開設を計画します。ロックブーム真っ只中のイギリスではレコーディングスタジオが不足しており、ミュージシャンは予約時間きっかりに機材を持ち込み、時間通りにレコーディングを終え、終了後は直ちに機材をまとめて退室しなければならないというタイトなスケジュールを強いられていました。

ミュージシャンたちの苦労を知った同社は、ロンドン市街地から100㎞ほど離れた田舎町にあるマナーハウスをリフォームし、ミュージシャンたちが長期滞在できて、気分が乗ったときにいつでもレコーディングできるスタジオを造り上げたのです。その後、同社はマイク・オールドフィールド(映画「エクソシスト」挿入曲)、セックス・ピストルズ(パンクロックバンドの代名詞)、カルチャークラブ(エレクトロポップの先駆者)といった多くのビッグアーティストと契約を結ぶことになります。

職住環境が整えば、地方都市であっても人は集まり、自ずと成果が上がるものです。その効果は、ミュージシャンなどのクリエイティブな職種に限るものではありません。

日本におけるサテライトオフィスの先駆けは

日本におけるサテライトオフィスの黎明期、その舞台は徳島県中部に位置する神山町にありました。

2010年、徳島県では山間部にわたる総延長20万km超の光ファイバ網を整備し、「光ブロードバンド王国」を名乗るようになります。その翌年発生した東日本大震災をきっかけに、都市における災害リスク回避のためのバックアップオフィス需要が高まり、IT系など複数の企業が神山町にサテライトオフィスを置くようになりました。

地方都市であってもネット環境が整っていれば仕事はできます。大地震などの災害リスクに備えるため、またコロナ禍以降の従業員の新たな働き方を見出すためにも、企業は地方都市への拠点分散を考えなければなりません。

政府が後押しする「おためしサテライトオフィス」

全国の地方公共団体を対象に調査した「サテライトオフィスの開設状況」を見てみると、2019年度末時点でもっとも開設件数が多かったのが北海道の74社で、次いで徳島県の67社、3位は沖縄県の52社、以降の順位は宮城県(51社)、島根県(45社)、長野県(36社)と続きます。

その他、開設件数が20社を超えた都道府県も複数あり、これらの数字からサテライトオフィス設置の動きが活発になっていることがわかります。しかし、なぜここまで活発になっているのでしょう? その背景には政府の後押しがありました。

総務省では、2016年から「おためしサテライトオフィス」というプロジェクトを進めています。これはサテライトオフィス開設を検討する企業に対し、一定期間の「お試し勤務」が実施できる自治体・施設を紹介する制度です。同省はこのサテライトオフィス誘致によって、都市部で働く多くの人たちを呼び込み、各地域における「関係人口」増加を目指したいとしています。

現在、このプロジェクトには36都道府県が参画しており、お試し勤務を希望する企業と参画自治体とのマッチングは同省が行います。お試し勤務期間終了後、その企業が具体的にサテライトオフィス開設を検討するとなれば、テレワーク環境を整備する費用の一部を補助する「ふるさとテレワーク推進事業」を活用しながら、新たな施設においてオフィスを構える準備を進めていくことになります。

人気自治体の「お試し勤務」事例集

前述のサテライトオフィス開設件数で上位にあった自治体が、お試し勤務を希望する企業に対してどのようなオフィス環境を用意しているのかについて紹介します。

北海道

北海道では北見市・室蘭市・岩見沢市など9市町がサテライトオフィス誘致を行っています。多くの自治体が地域コミュニティ施設等の一角をお試し勤務コーナーとしている中、北見市と室蘭市ではお試し勤務専用の独立した施設を用意し、電源、フリーWi-Fi、プリンター、コピー機、スキャナー、FAX、テレビ会議システム、パーソナルロッカー、防音会議室、プロジェクター、スクリーン、ホワイトボード、給湯室などが自由に利用できるよう整備しています。

また、岩見沢市では職住一体型の施設「岩見沢市テレワークセンター」を用意し、1階はオフィススペースとして、そして2階は仕事の合間にリラックスできるスペース兼宿泊場所として利用できるようにしています。

徳島県

サテライトオフィスの先駆け的存在である徳島県では7市町が誘致を行っています。美馬市・三好市・つるぎ町・東みよし町で形成される「にし阿波」エリアでは、古民家をリノベーションした施設内にお試し勤務スペースを用意しています。

徳島は観光資源に恵まれている点も大きな魅力で、にし阿波には日本一の清流「穴吹川」や「剣山国定公園」があります。また「海陽町サテライト・コワーキングセンター」がある海陽町には、世界的にも有名なサーフスポット「海部ポイント」があります。仕事の合間に、にし阿波ではラフティングやウェイクボード、海陽町ではサーフィンと、アクティビティ三昧の日常を楽しむことができます。

島根県

近年、移住先として人気が高まっている島根県では、松江市と出雲町の2市町がサテライトオフィス誘致を行っています。松江市では、松江城からほど近い場所に立地する2階建ての古民家風オフィス「松江城下」をはじめ市内3か所にお試し勤務スペースを用意しており、いずれもWi-Fi、テレビ会議セット、Bluetoothスピーカー、ホワイトボードを装備しています。

一方、出雲町では現役営業中の温泉旅館がお試し勤務スペース兼宿泊施設として施設提供されています。旅館内の温泉は美肌効果が高く女性に人気ということで、仕事の合間にひと風呂…など贅沢な楽しみ方もできそうです。

まとめ

今回は全国の自治体が誘致するサテライトオフィスの近況について紹介しましたが、いずれも勤務スペースは確保できているものの、宿泊については近隣のビジネスホテルや民宿を勧めているところが少なくありません。お試し期間中ならビジネスホテルでも良いですが、いざ本格的に拠点を置くとなればそうはいきません。

そこで賃貸住宅へのニーズが発生します。地方都市での賃貸運用は都市部より空室リスクがありますが、サテライトオフィス定着率の高い自治体・地域に限定すれば低リスクに抑えられる可能性はあります。昨今は都市部の空室率も上昇傾向にありますので、将来的には不動産資産の地域分散所有を考えるべきかもしれません。