賃貸住宅の「原状回復義務」をご存じでしょうか? 床のキズや壁の汚れなど、それらが発生した原因によって借主負担、貸主負担かの判断が分かれます。今回は洋室1室にキッチン、バスルーム、トイレがある賃貸住宅(ワンルーム~1LDKタイプ)の退去時を想定し、設備・状況別に原状回復義務がどちらにあるのか解説します。

洋服棚を置いた跡

洋室にクローゼットなどの収納スペースがなかったため、大きめの洋服棚を置いていました。床(フローリング)に緩衝材を敷いていたのですが、棚の底の部分に当たる床板が四角く凹んでしまいました。棚の裏の壁クロスも、棚の形にくっきり日焼け跡が残っています。

原状回復義務はどっち?

賃貸住宅は全般的に収納スペースが少ないため、借主が別途収納棚を用意して室内に置くことが多いものです。そのため収納家具による床の凹みや壁クロスの日焼け跡は、日常生活での通常使用上やむを得ないと判断されるため、借主に原状回復義務はありません。

カレンダーやポスターを貼った跡

洋室の壁にカレンダーやポスターを貼っていました。カレンダーは壁に画鋲を刺して取り付け、ポスターはフレームに入れて、長押にネジで取り付けたピクチャーレールから吊り下げて飾っていました。

原状回復義務はどっち?

カレンダーやポスター類は通常生活に必要な情報(毎日のスケジュールが書き込んである、行事の告知など)と判断されるので、画鋲などで簡易に取り付けられたものの形跡に関しては借主に原状回復義務はありません。しかしポスター類であっても、壁面にネジを深く差し込んで固定するピクチャーレールを利用して掲示した場合は、借主にピクチャーレール撤去後(ネジ穴部分)の原状回復義務が発生します。

窓の結露によるカビ

洋室の窓は結露がひどく、毎朝水分のふき取りをしていましたが、窓枠にカビが生えてしまい汚くなっています。

原状回復義務はどっち?

気密性が高い建物ほど、冬場の結露が発生しやすいものです。こういった日常現象への対応は借主が行わなければなりません。もし借主が水分のふき取りをせず放置した結果カビが発生してしまった場合は、借主に原状回復義務が発生します。

しかし毎日ふき取っていたにもかかわらずカビが発生してしまったのならその限りではありません。できれば退去時まで放置せず、カビが発生した初期段階で貸主に相談しましょう。

照明を外した後の日焼け跡

洋室の照明は、入居時に取り付けてあったペンダント型ライトを外して、天井にぴったり設置できるシーリング型ライトを取り付けていました。そのため、ライトを取り付けていた部分の天井クロスにくっきり日焼け跡が残ってしまいました。

原状回復義務はどっち?

もともと取り付けてあった照明器具を外して、自分好みの照明に取り換えたことによって天井に日焼け跡ができてしまった場合は、借主側に原状回復義務があります。

どうしても自分好みのライトを取り付けたい場合は、契約前に貸主または仲介不動産業者に相談して、照明に関する取り決め(例:洋室の照明は借主が取り付けるものとし、退去時の天井の日焼け跡について借主は原状回復義務を負わないこととする。など)を契約書に追記してもらうことをおすすめします。

エアコンを取り外した後の穴

エアコンは入居時に自分で取り付けました。室外機用の穴が開いてなかったので、エアコン設置業者にお願いして開けてもらい、エアコン自体も壁面にしっかりとネジで固定してもらいました。

原状回復義務はどっち?

真夏は室内でも熱中症になるケースが多々あります。エアコンは生活必需品ですから、取り付けに関わる躯体への影響は致し方なしと判断され、エアコン設置のためのネジ穴、室外機用ホースを通すための壁穴は借主に原状回復義務がないのが一般的です。

キッチン・シンクの汚れ、蛇口のサビ

こまめに掃除をしていなかったせいか、シンクの水アカが取れなくなってしまいました。水道の蛇口にもサビが出てきています。換気扇の掃除も年に1度程度しか行っておらず、かなり油分がこびりついています。

原状回復義務はどっち?

前述の「窓の結露」と同様に、借主が日常の手入れを怠った結果の汚れ(カビ、サビ、水アカ、油汚れなど)は、借主が原状回復義務を負うことになります。ただしこういった汚れは、退去後に専門業者が行う清掃でほとんどきれいになります。一般的な賃貸借契約では、退去後の清掃費用は室内の汚れ具合に関わらず借主が負担するものとされています。

キッチン・床のキズ、水漏れ跡

調理中に包丁を床(フローリング)に落として、床板に大きなキズを付けてしまいました。その他、冷蔵庫から漏水していることに長い間気づかず、漏れた水分で床材が腐っている部分があります。

原状回復義務はどっち?

借主の不注意で床材にキズを付けてしまった場合は、原状回復義務が発生します。この場合、床全面の張替えではなく、部分補修費用の負担となります。冷蔵庫や洗濯機など家電の水漏れによる床材の劣化も同様です。借主の不注意・手入れ不足はいずれも借主が原状回復義務を負うことになります。

タバコのヤニ、臭い

換気扇の下でタバコを吸っていたので、換気扇の表面はもちろん周囲の壁クロスも黄色くなっています。

原状回復義務はどっち?

喫煙が許可されている賃貸住宅であっても、タバコの煙による壁クロスの汚れや臭いは借主に現況回復義務があります。これと似たケースで、ペット飼育可の賃貸住宅であっても、ペットが付けたキズや動物独特の臭いについても借主に現況回復義務があります。

浴槽にこびりついた汚れ

バスルームで髪を染めていたら、誤って染髪剤を浴槽に落としてしまい、浴槽の底全体が染髪剤の色に染まってしまいました。強力洗浄剤を使って掃除をしましたが、汚れはまったく落ちませんでした。

原状回復義務はどっち?

過去の裁判事例で、「設置後20年を経過しているものの、借主の不注意により汚れが落ちなくなった浴槽を交換せざるを得なくなった場合、その費用は貸主と借主で折半する」という判決が出ています。

壊れたまま放置した便座

ずいぶん前にトイレの便座が割れてしまいましたが、テープなどで補強してそのまま使っていました。

原状回復義務はどっち?

トイレにも経年劣化が認められます。とくに便座は古くなると割れやすくなるので、借主が原状回復義務を負うことはありません。ただ、長い間放置して他の部分(便座の取り付け金具)などに不具合が出てしまうと、場合によっては便器自体の新規交換が必要になるケースもあります。できれば退去時まで放置せず、便座が割れた段階で貸主に交換をお願いしましょう。

まとめ

賃貸住宅における借主の原状回復義務は入居後6年でほぼ消滅するということはあまり知られていません。国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、「(室内設備の)償却年数は6年で残存価値1円となるような直線(または曲線)を描いて経過年数により借主の負担を決定する」としています。要するに、入居年数が経つにつれて借主の原状回復負担割合はどんどん減少していくということです。通常の生活をしていれば、退去時にかかる原状回復費用は清掃費だけです。ただ、1年から2年の短期間で退去した場合はそれなりの原状回復費用がかかってしまいますから、6年以上入居し続けた方が賢明です。