不動産広告用語でよく見るワードに「住まう」「静謐」「羨望」などがありますが、これらは決して一般的ではありません。「なぜそんな言い方をするのか」と疑問に思ったことはありませんか?

これらのワードを使用せざるを得ない理由や、それぞれが表す意味や解釈について説明します。

不動産広告の「気になるワード」

紙媒体の住宅情報誌や新聞の折り込みチラシ等で目にする不動産広告ですが、「何でこんな言い回しなの?」や「これって一体どういう意味?」と思わせるキャッチコピーを見つけたことはありませんか?

たとえば、不動産広告では良く「住まう」というワードが使われますが、普通に「住む」としないのはなぜなのでしょう?

また、渋谷の松濤や世田谷の成城といった高級住宅街の形容詞として使われる「静謐」や「羨望」の意味や読み方など、日常あまり使わない漢字のオンパレードに思わずググってしまうことも多いことでしょう。

なぜ不動産広告は不思議なワードで溢れているのか、その理由について解説します。

不動産広告には未曾有のNGワードがある

実は不動産広告の文章表現には厳密なルールがあります。それは、不動産広告の内容が正しいかどうかどうかを審査・調査している不動産業界団体「公益社団法人首都圏不動産公正取引協議会(公取協)」の定めたものです。

公取協が指針とする「不動産の表示に関する公正競争規約(表示規約)」の第18条第2項によると、以下のようなワードを使用して不動産広告を作成するときは、それぞれのワードの裏付けとなる合理的な根拠を示すことが必要で、それができない場合はそのワードの使用をNGとしています。

「完全」「完ぺき」「絶対」「万全」「日本一」「日本初」「業界一」「超」「当社だけ」「他に類を見ない」「抜群」「特選」「厳選」「最高」「最高級」「極」「特級」「買得」「掘出」「土地値」「格安」「投売り」「破格」「特安」「激安」「バーゲンセール」「安値」「完売」など

世間話ではスルーされる他愛ないワードも、公共性の高い広告媒体では「優良誤認」や「地域差別」と受け取られる可能性があるため、公取協が厳しく監視しているのです。

不動産広告用語(ワード)の意味と解釈

公取協の指針である表示規約やスポンサーの企業イメージに配慮しながら、不動産広告の編集者やコピーライターはNGワードと受け取られがちな表現を避けつつ、同じ意味合い、またはそれよりもイメージアップできる適切なワードを模索しながら広告制作に勤しんでいます。

※×はNGワード、△は使用できるものの言い換えたいワード、〇は適切ワード

×高級住宅街→〇邸宅街

「高級(住宅街)」というワードは古くから公取協がNGとしています。その理由は、それ以外の地域が「低級」であるかのような地域差別的な表現だからです。そのため不動産広告では「高級住宅街」を「邸宅街」と言い換えて表現しています。

×最大→〇最大級

「最大」という言い切りは、根拠を示すのが難しいためNGです。ただし語尾に「級」を付けることで断トツ感がいくらか和らぐため、「最大級」はギリギリOKです。しかし、「最高」の語尾に級を付けても「最高級」はNGです。

×見下ろす→〇見晴らす

「見下ろす」は、「みおろす」だけでなく「みくだす」とも読めます。「最上階のバルコニーから低層住宅街を“みくだす”」となると地域差別感が出てしまいます。タワーマンションや丘の上にある住宅など、高い場所からの眺望を表現するときは「見晴らす(みはらす)」というワードを使用すると嫌悪感なく受け入れられます。

×坂道→〇ひな壇

坂道には登りと下りがあり、下りはスイスイ、しかし登りはキツいという印象があります。坂道に変えて「ひな壇」というワードを使うことで、「キツい」というマイナスイメージをやや払拭することができます。

△平坦→〇フラット

坂道(ひな壇)の反対語は「平坦な道」です。しかし「平坦」という表現では不動産広告上ワクワク感が足りません。そこで「フラット(な道のり)」や「フラットアプローチ」といったワードに置き換えられることが多いです。

△閑静→〇静謐

不動産広告で「閑静(かんせい=ゆったり落ち着いて静かな状態)な街並み」と表現しても問題ありませんが、これだけでは「人通りの少ない住宅街」程度のイメージしか湧きません。そこで「静謐(せいひつ=静かで落ち着いた状態)な街並み」というワードに置き換えると、邸宅街に相応しい荘厳さが感じられるようになります。

×ドア・ツー・ドア→〇ダイレクトアクセス

過去は駅前に建つ住宅の広告で「我が家の玄関から最寄り駅までドア・ツー・ドア」といった表現が乱用されていました。玄関(ドア)を開けたら駅改札に出られるような表現は優良誤認に当たるため公取協でNGとされているのです。交通利便性の高さを表現したい場合は、ドア・ツー・ドアではなく「(最寄り駅から都心主要駅まで)ダイレクトアクセス」といった表現が使われています。

△住む→〇住まう

「住まう」というワードは、近代小説(明治~昭和初期)の中でよく使われていたようです。「その場所が気に入り、長い間暮らし続ける」という意味合いで、「住む」という表現よりも長い期間の居住を指しています。住宅そのものであったり、その地域であったり、係る対象はさまざまです。

△斜交い状→〇雁行型

マンションなどの建物形状が「斜交い(はすかい=斜めにずれて繋がる)」になっていることを「雁行型(がんこうがた)」と表現します。斜交い状の建物が野鳥(雁等)の群れが斜めに連なって飛ぶ様子に似ていることからこのワードが生まれました。「斜交い型」は写実的な表現なので、飛ぶ鳥を連想させる「雁行型」に置き換えることでのびやかな印象となります。

×希少価値→〇得難い

「希少」という言葉も「最高」と同様に根拠が示せないワードのため公取協はNGとしています。しかし、なかなか新規物件が出て来ない地域で久々の売り出しということであれば、どうにかして希少価値感を表わしたいものです。そんな時には「得難い」というワードで代用することが良くあります。使い方は、「得難い立地」「得難い環境」というような形です。

△憧れ→〇羨望

「憧れの住宅街」と表現してもコンプライアンス的に問題はないのですが、「羨望(せんぼう=うらやましく思うこと)の住宅街」とした方が重厚感がアップします。若い人に訴えかけるなら「憧れ」でも良いのですが、社会的な地位を確立した大人に向けて発信する場合は「羨望」の方が訴求効果が高いようです。

一部、判断が難しいグレーゾーンにあるワードも見受けられますが、その辺りはオブラートに包みながら巧みに言い換える努力も見られます。この中には今後、表示規約の改定によってNG判断を受けるワードも出てくるかもしれません。

まとめ

不動産広告用語には聞き慣れない不思議なワードがちりばめられています。なぜそんなワードが使われるのか調べてみると、そこにはコンプライアンス的な理由がありました。

不動産広告は業界団体(公取協)によって厳重管理されており、広告を見た消費者が優良誤認したり、地域差別と受け止めそうな表現(ワード)を使用NGとしているのです。

加えて、不動産広告制作者も自主的な努力を重ね、NGワードと同じ意味合い、またはそれよりもイメージアップできる適切なワードを模索し、言い換えています。このような背景から、不動産広告は不思議なワードで溢れる結果となったのです。