物体として存在するものの利用価値が見いだせないモノ、往年の文人はそれを「トマソン」と名付けました。

空き家となり一部だけ解体された建物や、建て始めたにもかかわらず計画が頓挫し放置されたままの建物など、そういった「使い道のない不動産」がいつしかトマソンと呼ばれるようになります。

その対象は個人住宅からスポーツ競技場まで幅広く、このたびの2020東京オリンピック・パラリンピック関連施設にもいずれトマソン化するモノがあるかもしれません。

大量の血税を投じたトマソン予備軍は果たして存在するのか? 東京都内に点在するオリ・パラ競技会場跡地を訪ねてみました。

「トマソン」とは?

「トマソン」という言葉は、1970年代に活躍した著名作家らが提唱した“芸術上の概念”です。赤瀬川原平の著書「超芸術トマソン」では、「(トマソンとは)まるで展示するかのように美しく保存されている無用の長物」と説明しています。

役に立たず非実用的ではあるもののなぜか芸術的に見える物体(不動産)、たとえば登った先が行き止まりの階段、開けた先に踊り場がない2階ドアなど、昔は使用していたものの建物の一部解体によって取り残されてしまった建具等がトマソンに該当します。

これらを遠目に見れば、サルバドール・ダリの絵画「記憶の固執(柔らかい時計)」で知られるシュルレアリズム芸術にも見えてくるから不思議です。

赤字でも運営続行の大規模競技場

2020東京オリンピック・パラリンピック(オリ・パラ)準備のため、東京都内を中心に都市再開発が活発になり、街の至るところでトマソンが散見されるようになりました。そしてオリ・パラ終了後もトマソンの誕生は止まりません。そんな中、「もしやオリ・パラ競技場跡地にもトマソンが?」と思いつき、各競技会場の現況を調べてみることにしました。

東京アクアティクスセンター(競泳用プール)

総工費567億円で建設され、年間維持費は9億8,800万円です。2023年月4頃再開業予定ですが、年間収支はマイナス6億3,800万円の赤字見込みです。

海の森水上競技場(ボート競技場)

総工費303億円で建設され、年間維持費は2億7,100万円です。2022年4月に一部再開業し、2023年春頃本格再開業の予定ですが、年間収支はマイナス1億5,800万円の赤字見込みです。

有明アリーナ(バレーボール競技場)

総工費370億円で建設され、年間維持費は8億8,900万円です。2022年8月に再開業し、年間収支は3億5,600万円の黒字見込みです。

カヌー・スラロームセンター(カヌー競技場)

総工費78億円で建設され、年間維持費は3億4,900万円です。2022年7月に一部再開業しましたが、年間収支はマイナス1億8,600万円の赤字見込みです。

大井ふ頭中央海浜公園ホッケー競技場(ホッケー競技場)

総工費48億円で建設され、年間維持費は1億4,500万円です。2022年6月に再開業しましたが、年間収支はマイナス9,200万円の赤字見込みです。

夢の島公園アーチェリー場(アーチェリー競技場)

総工費9億円で建設され、年間維持費は1,500万円です。2021年10月に再開業しましたが、年間収支はマイナス1,170万円の赤字見込みです。

以上6施設が再開業済み、または再開業予定です。有明アリーナ以外は当面赤字経営が続きそうですが、いずれも莫大な建築費用がかけられた大規模施設ですから、そう簡単にトマソン化する心配はなさそうです。

儚く消えゆく競技場も

再開業する施設がある一方、有意義に活用されないまま解体を待つ施設もあります。

JRA馬事公苑

「JRA馬事公苑」は東急田園都市線「桜新町」駅から徒歩約20分の場所にあります。この施設は日中戦争の勃発により中止となった1940年東京オリンピックの馬術選手育成のために開苑されました。

その後1964年開催の東京オリンピック、そして今回のオリ・パラにおいても馬術競技会場として使用されました。開苑から80年以上経つため、2016年から一時閉苑して架設観客席・照明等の再構築が行われました。大会終了後はこれらが解体・撤去され、緑溢れる市民公園として2023年に再開業する予定です。

現地の周囲を歩いてみると、馬術競技会場となった北側エリアを中心に高さ約3mの高い目隠しフェンスで覆われ、現地に貼り出されていた工程表によると、現在は改修工事・土工事・躯体工事・造成植栽工事が行われているようです。

工事車両ゲートの隙間から中を垣間見る限りでは工事はさほど進んでおらず、無観客開催のため一度も使用されなかった観客席はまだ原形を留めていました。

潮風公園

ゆりかもめ「台場」駅から徒歩約5分にある「潮風公園」は、東京港沿いに広がる水辺の公園です。対岸には天王洲アイルや品川シーサイドがあり、お台場に位置するものの住居表示は品川区になります。

ここがビーチバレー競技会場に決定し1万2,000人収容の架設観客席が建設されましたが、無観客開催となったため一度も使われることはありませんでした。大会終了後に観客席はすべて撤去され、現在は広大な円形の芝生広場になっています。

天気の良い休日の昼下がり、芝生上に寝転んで寛ぐカップルや、レジャーシートを広げてランチを楽しむファミリー、走り回ってはしゃぐ子どもたちの姿はありますが、熱戦が繰り広げられた痕跡はどこにも残っていません。

レガシーのはずが“令和版”トマソンに?

もともとは消えゆく予定であったものの、日本人選手の金メダル獲得をきっかけに解体を免れ、「オリンピック・レガシー」として残されることになった施設もあります。

有明アーバンスポーツパーク

ゆりかもめ「有明テニスの森」から徒歩約5分にある「有明アーバンスポーツパーク」は、スケートボード競技で堀米雄斗選手が初代金メダリストとなった場所です。本来この会場は解体予定でしたが、堀米選手の栄誉を称え聖地(レガシー)として残されることになったのです。

現地を訪れてみると、金メダルの聖地はワイヤーフェンスに囲まれた「立入禁止」エリアの奥地にありました。フェンスに掲げられた標識には「令和5年3月23日まで、区画道路13・15号線整備工事中」とあり、レガシーと同じ街区内で道路整備工事が進行中のようです。

フェンス越しに目を細めると、スケートボードのストリート・パーク競技が行われたと思しきコース板だけがポツンと取り残されているのが見えました。周囲は土むき出しの広大な工事現場で、ここがオリンピック・レガシーの地だとは誰も気づかないでしょう。

東京都の事業計画によると、有明アーバンスポーツパークは運営を民間企業に任せ2025年の開業を目指します。運営企業の選定はこれからで、同街区内の道路工事も進行中であることから、当面の間放置されることが予想されます。このままではレガシーではなく、正真正銘のトマソンになってしまうのではないでしょうか?

まとめ

一部解体された建物に残る「行先のない階段」や「宙に浮いたドア」など、そのままでは利用価値がないものの、なぜか芸術的に見えるモノ(不動産)を「トマソン」と呼びます。

2021年開催のオリ・パラで都市再開発が進み、街中でたくさんのトマソンが見られるようになりましたが、もしやオリ・パラ会場跡地にも? と疑問を持ち現地調査を行いました。調査の結果、解体予定施設がある一方、「有明アリーナ」など6つの施設で整備工事が行われ再開業(一部予定)しています。

しかしそのほとんどは現況赤字経営です。日本人選手の栄誉を称え、解体から一転し「オリンピック・レガシー(聖地)」として残される施設もありますが、運営計画は未定で放置状態になっています。この中から近い将来、正真正銘のトマソンが誕生してしまうのでは? と心配でなりません。