不動産会社による煽り営業や重要事項説明の誤り、契約解除せざるを得ない債務不履行など、訴訟に発展する可能性が高いトラブルは数多あります。裁判や紛争におよぶケースにはどんなものがあるのか、被告側にはどのような判決や処分が下っているのか、そして自分自身がその当事者になったらどのように対処すればいいのかについて検証します。

いつ訴えられてもおかしくない海外。裁判を怖がる日本

都内某所にある外資系ホテルのトイレに、こんな掲示がありました。

「トイレ内は禁煙です。喫煙が原因で当ホテルが損害を受けた場合は賠償責任が生じます」

これが日本企業経営のホテルだったら、「トイレ内での喫煙はご遠慮ください」程度の文言で済ませるでしょう。「遠慮」という言葉からその先の「賠償責任」を察してください、という暗黙の了解を誘うものですが、読解力のない人や外国人にはそのニュアンスが伝わりにくいかも知れません。

日本人は「配慮」と「忖度」の民族です。相手の気持ちを推し量ることを粋とし、「皆まで言うな」とすべて察したつもりでいる人種なのです。しかし、それはあくまで「つもり」であって、真意を分かっているかといえばそうでもなかったりします。日本人の状況理解、そして交渉の向かう先は、ちょっとした誤解やすれ違いからさらなる悪状況へと進行する危険をはらんでいます。

海外のリーガルドラマを観ると、(フィクションではありますが)日常的に起こる些細なイザコザであってもすぐ裁判に持ち込んでいることがわかります。夫婦や友人、上司と部下、親と子、離婚問題からセクハラ・パワハラ、相続問題まで、海外では当事者同士で話し合いがつかなければ裁判にした方が手っ取り早いと考えるようです。

そのため、前述のホテルのように「賠償責任」など裁判と直結するような言葉を平気で掲げるのです。

諸外国の訴訟件数を日本と比較すると、ドイツは約5倍、フランスは約7倍、イングランド・ウェールズに至っては約30倍にものぼり、各国とも交通事故並みに訴訟が多いため、裁判費用を保険で賄う「弁護士保険」があるほどです。

東京オリンピック開催決定を起点に、国内不動産市場においても外国人資本家による売買取引が急増しています。これまで「まあまあここは穏便に…」と済ませていた日本人も、今後は白黒ハッキリ付けないと国際社会の中で生き残っていけません。

訴訟に長けた外国人に負けないためにも、裁判を必要以上に怖がらず、果敢に立ち向かう勇気と知識が必要です。

不動産売買契約にかかわる訴訟事例

ここで不動産関連の訴訟事例を紹介します。いずれも誰にも起こりうる、ごく身近な事象です。

【眺望のウソ】

訴訟内容:未完成の新築マンション売買で、買主が不動産会社から「バルコニーから富士山が眺められますよ」と説明されたことを理由に契約したものの、建物が完成してみれば隣のマンションに遮られて富士山が見えなかった。買主は不動産会社に対して契約解除とともに手付金の返還と損害賠償を求めた。

判決:不動産会社の調査・確認不足と、販売広告の建物完成予想パースに富士山の眺望が描かれていることが購入者の誤認を招いたとして、不動産会社に対し買主への手付金返還と損害賠償金の支払いが命じられた。

【トラブルの隠ぺい】

訴訟内容:中古マンションの売買で、売主と隣人との間で口論トラブルがあったことは不動産会社から説明されたが、隣人からの執拗な嫌がらせ(過去、洗濯物に水や泥をかけられて警察沙汰になったことがある)については説明がなく、住み始めたら同じような嫌がらせを受けることになった。買主はこのマンションで暮らすことを断念し、不動産会社に説明義務違反があるとして損害賠償を請求した。

判決:近隣住民へのプライバシー配慮は必要なものの、過去に起きた客観的事実については説明すべきとして、不動産会社に対し買主への損害賠償金の支払いが命じられた。

【売主がニセモノ】

訴訟内容:土地の売買で、自分が所有者だと偽る第三者と、それに気付かない買主とが契約を交わし、その後の所有権移転登記の際も司法書士が本人確認書類の偽装を見落とし、法務局での最終チェックで売主が本人(土地所有権者)でないことが発見された。買主は売主の本人確認を怠った過失があるとして、登記手続きを担当した司法書士に対し損害賠償を請求した。

判決:本人確認を怠った司法書士の責任が認められた。

【毎年続く浸水被害】

訴訟内容:未完成の新築マンション売買で、買主が1階住戸を購入したが、建物完成後に住み始めると台風や大雨のたびに床上浸水し、それが何年も続いた。買主は売主の不動産業者に対して売買契約の解除と慰謝料を請求した。

判決:不動産業者は新築工事中にも浸水被害があったことを知っており、その対策として防潮板を追加設置したが被害は繰り返されてしまった。判決では不動産会社の瑕疵担保責任に基づき、買主による売買契約解除が認められた。

【競売開始物件と知らずに入居】

訴訟内容:不動産会社が入居者に事実を説明しないまま、すでに競売開始決定している賃貸住宅の賃貸借契約を取り付けた。その物件は数カ月後に落札され、入居者は新しい家主と新規に賃貸借契約を結ぶか、退去するかを迫られることとなった。入居者は不動産会社への処分を求めた。

処分:競売開始決定について知っていたにもかかわらず重要事項説明を十分に行わなかったとして、不動産会社を業務停止処分とした。

【庭先にゴミ置場】

訴訟内容:中古マンションの売買で、買主が専用庭付き1階住戸を購入した。内見の際に、専用庭の柵の向こうに資材置場が見えたが、「道路工事か何かの仮置場だろう」とそれほど気にせず契約を交わした。引渡しを終えて資材置場の状況を確認すると、そこが町内会のゴミ置場だったことがわかった。買主は不動産会社に対し、町内会にお願いしてゴミ置場を移設してもらうか、それができない場合は専用庭の柵外に植栽を施すこと、併せて購入価格の減額を求めた。

和解:不動産会社が事前説明が足りなかったことについて謝罪し、専用庭の塀外に植栽を施し、解決金を支払うことで和解が成立した。

【とんでもない現況渡し】

訴訟内容:投資用1棟ビルの売買で、不動産会社から「入居中なので現況渡し」と言われ、内見もできないまま契約した。引渡し後、入居者の許可を得て室内を確認したところ、雨漏りによる建物の傷みが激しく、また不動産会社からは「売主は賃借人から敷金は預かっていない」と説明されていたにもかかわらず、実際には入居者から敷金が差し入れられていた事実も判明した。

処分:現状有姿での引渡しとはいえ、雨漏りなど目視で確認できる瑕疵の説明をしなかったことや、預かり敷金の調査・説明が不十分であるとして、不動産業者を業務停止処分とした。

まとめ

多くの日本人は「近隣との関係が悪くなるから」と訴訟を遠慮しがちですが、矛盾を感じたことに声を上げていかないと課題の解決はできず、ストレスはどんどん蓄積していきます。

例えばレストランでホールスタッフの対応が悪く、「店長を呼べ!」と大声を上げる人がいたとします。店内にいた多くの人は「わがままなクレーマーだな」と見るかも知れません。

しかし、実際にホールスタッフの対応が不適切だったのなら、物理的または心理的に侵害を受けた顧客は意見してもおかしくありません。不動産取引も同じで、契約前後はもちろん、引渡し後に物件の不具合や近隣住民とのトラブルに遭遇した場合は、どんどん訴えを起こしていく前向きな姿勢が必要です。