駅から徒歩わずか数分の好立地なのになかなか売れない土地があります。高額すぎて誰も手が出せないのか? はたまた何かしらの事故物件なのか? 調べてみると、その土地を含む周辺エリアは「埋蔵文化財包蔵地」に指定されていました。
個人投資家はお手上げ、大手デベロッパーでさえ取得を躊躇する埋蔵文化財包蔵地とは一体どんな土地なのか? その実態と開発事例を紹介します。
気になる駅近のコインパーキング
東京都内K駅から徒歩約5分、地域のシンボルとして親しまれる二級河川沿いに売主Aさんを悩ませている問題の土地はあります。
面積約50坪の整形地で、公道にも面しているため建築基準法上は建物新築を妨げる事情がないにもかかわらず、売り出しから2年経ってもまったく買い手が付きません。Aさんは土地をコインパーキングに改装して資産運用し、長期戦に備えています。
Aさん所有土地の周辺に建つのは築50年前後の木造住宅ばかりで、ほとんどの居住者が代々受け継いだ自宅を建て替えたり改修しながら住み続けています。このエリアでは土地所有者(一族)の変動がほとんどないため、相続をきっかけに売り出されたAさんの土地は数年ぶりの希少物件です。不動産仲介業者も「数か月で買い手が付くだろう」と高を括っていましたが、その土地には購入意欲を削ぐもう一つの希少価値が付いていたのです。
土地の売り出し当初、個人客や不動産業者からの問い合わせは多数ありました。しかし、物件概要書を送るとその後は皆音信不通になってしまいます。概要書にはこの土地が「埋蔵文化財包蔵地」に該当する旨の記載があります。これがもう一つの、“負の希少価値”です。
「埋蔵文化財包蔵地」とは?
埋蔵文化財とは、土地に埋蔵されている文化財(主に遺跡)のことです。そして過去の発掘調査結果から、埋蔵文化財が地中に埋まっていると推測される周辺区域が「周知の埋蔵文化財包蔵地(以下、文化財包蔵地)」に指定されます。
その該当地は全国に約46万カ所あり、毎年約9,000件の発掘調査が行われています。文化財保護法では、文化財包蔵地において建物新築などの開発事業を行う場合は、市区町村管轄の教育委員会へ事前の届出が必要と定めています。
教育委員会は新築工事前に発掘調査を行って遺跡の記録(記録保存)を残しますが、その調査経費は、個人の自宅新築用地であれば公費で賄われますが、営利目的の開発事業(分譲マンション・建売住宅新築)用地の場合は事業者負担となるのが一般的です。そのため、営利目的の開発事業者は数百万円以上の調査経費を捻出させられることになります。その分は販売価格に上乗せされ、周辺相場価格との乖離が生まれます。
加えて、調査期間がはっきりしないことも難問です。試掘調査で何も出土しなければ数か月程度で終わりますが、歴史的重要物が出土すれば年単位で調査延長される場合もあります。調査期間中は新築工事がはじめられませんから、その間の土地維持費(固定資産税等)は浪費となります。これは個人住宅新築の場合も同様です。
文化財包蔵地はどこにある?
文化財包蔵地は意外と身近にあり、都内にも大規模な文化財包蔵地がたくさんあります。以下にその一例を紹介します。
・台東区/上野公園他・上野忍岡遺跡群
主に集落・社寺・屋敷跡地です。現在は上野恩賜公園になっています。
・文京区/本郷七丁目他・本郷台遺跡群
主に集落・貝塚・社寺・屋敷跡地です。現在は東京大学になっています。
・文京区/後楽一丁目他・春日町(小石川後楽園)遺跡
主に集落・屋敷跡地です。現在は小石川後楽園、東京ドーム等になっています。
・文京区/大塚一丁目他・大塚町遺跡
主に集落・社寺・屋敷跡地です。現在はお茶の水女子大学等になっています。
・新宿区/戸山一丁目他・尾張徳川家下屋敷跡
主に屋敷跡地です。現在は国立国際医療研究センター、早稲田大学等が建っています。
・新宿区/市谷本村町・市谷本村町遺跡
主に集落・社寺・屋敷跡地です。現在は防衛省庁舎が建っています。
・渋谷区/千駄ケ谷5丁目遺跡
主に武家屋敷跡地です。現在は高島屋タイムズスクエア等が建っています。
・港区/東新橋一丁目他・汐留遺跡
主に大名屋敷跡地です。現在は汐留シティセンター、日本テレビタワー等が建っています。
・港区/南麻布五丁目・陸奥盛岡藩南部家屋敷跡遺跡
主に大名屋敷跡地です。現在は有栖川記念公園になっています。
・港区/白金台五丁目他・旧白金御料地遺跡
主に城館、屋敷跡です。現在は国立科学博物館附属自然教育園になっています。
・目黒区/三田一丁目他・恵比寿遺跡
主に集落跡地です。現在は恵比寿ガーデンプレイスになっています。
上記の事例をみると、ほとんどが大規模開発を経て整備されていることがわかります。要するに、個人投資家や中小デベロッパーの資本力では文化財包蔵地活用は難しいということです。
とはいえ、Aさん所有土地のような小さい文化財包蔵地が点々と放置されたままでは町全体の再開発が滞ってしまい、地域の資産価値にも悪影響を及ぼしかねません。そうならないためには、近隣の土地所有者同士が団結し、未来の街並み形成について話し合う必要があります。
都内最後の未開発エリアに期待
東京都教育委員会の遺跡地図とグーグルアースを照らし合わせながら、未だ開発が及んでいないと思われる文化財包蔵地を探してみたところ、豊島区の「巣鴨遺跡」(JR巣鴨駅付近。主に集落・貝塚・屋敷跡地)指定エリア内で広範囲に広がる低層戸建地帯を発見しました。住居表示では巣鴨1~4丁目にあたる地域で、その規模から都内最後の大規模開発プロジェクトを予感せずにはいられません。
巣鴨駅南東側の巣鴨1丁目は敷地面積100坪前後の住宅が並ぶ邸宅街、駅北東側の巣鴨2丁目は商業施設が犇めく繁華街、国道17号線を挟んだ駅南西側は低層マンションのほか古い木造家屋も残る巣鴨3丁目、駅北西側はおばあちゃんの原宿「巣鴨地蔵商店」がある巣鴨4丁目です。
全体的に道路整備が遅れている様子で、42条2項道路(私道)や細いクランク状の道路、行き止まり道路も多く見受けられ、コインパーキングや放置空き家など売却待ちと思われる土地も転々とあります。
ちなみに、豊島区巣鴨の土地取引価格(令和3年度平均坪単価)が256万円/坪程度なのに対し、隣接する文京区本駒込は390万円/坪と大きな差があります。これには巣鴨が文化財包蔵地に指定されていることも少なからず影響しているのかもしれません。
“残念な土地”とは言い切れない
調査費用負担や工期遅延、近隣エリアとの価格差などデメリットばかりを紹介してきましたが、実は文化財包蔵地は歴史学的に見て「人が暮らしやすい」「自然災害時に安全性が高い」として評価が高い土地でもあるのです。
河川などの水源に恵まれ、地盤も固いことから古代人が好んで暮らし、後世は戦国武将も屋敷を構えた場所が現在の文化財包蔵地です。そこに暮らせば何かとご利益が得られそうな気もします。
まとめ
好立地にあるのになかなか売却できないのが「埋蔵文化財包蔵地」です。
売れない原因は、遺跡発掘調査の開発事業者負担や、調査期間が予測できず工期が延びてしまうことなどです。埋蔵文化財包蔵地は東京都内にもたくさんあり、現在は商業施設や公園、教育機関などの敷地になっています。
新築の際はデメリットが多い反面、古来「人が暮らしやすい」「自然災害時に安全性が高い」として高い評価を得てきた土地でもあります。