音楽ライターとして生きていきたくて

なりたい自分になろうと決めた

2016年3月、私はひとつの決断をした。「3年間、本気で音楽ライターを目指そう。そして、かたちにならなかったら夢を諦めよう」

大学時代の先輩に「お前ならうちの会社に入れるよ」と、そそのかされるまま入社した某楽器販売店。社会人になってから1年半が過ぎるというのに、私はべらぼうにくすぶっていた。店舗での成績は常に最下位。店長との折り合いも悪く、何もできない自分への嫌悪感から過呼吸を起こすことも日常茶飯事。「いま線路に飛び出したら会社に行かなくてもいいのに」なんて考えるのも日々のルーティーンのひとつだった。

そんなときふらっと立ち寄った本屋で、表紙にでかでか「“なりたい自分”を“自分”にしちゃえ!!」と書かれた本と出会った。はあちゅう著『自分の強みをつくる』(U25 SURVIVAL MANUAL SERIES/ディスカヴァー・トゥエンティワン)―この本との出会いにより、私は一念発起したのだ。

――なりたい自分。どうせだったら、学生時代に憧れていた音楽ライターになりたい。

そう決めると同時に、自分の夢に3年という期限をつけた。自分に甘い私は、タイムリミットがないとダラダラしてしまう。3年後なら27歳だし、会社員に復帰するなり結婚するなり人生どうにかなる。

こうして、自分の人生にお金も時間もフルコミットする3年間が始まった。

未来に活きる職に就く

音楽ライターになると決めたのはいいけれど、自分の武器になるものを私は何も持っていなかった。音楽知識はちょっとバンドが好きな人と同程度しか持ち合わせていなかったし、文章を書くことも全然してこなかった。もちろん人脈が豊富なわけでもない。強いて挙げるなら楽器店に勤めていたので一般人より音楽機材に詳しかったことくらい。

――もっと勉強しなきゃ。

そう思い、まず転職をした。ライブハウスに足を運びたいから定時で帰れる職種で、勉強するにはお金もかかるから給料も悪くないところがいい。たどり着いたのは、いわゆる“生保レディー”だった。生命保険の営業をやっていると話すと十中八九「大変でしょ?」と言われたが、世の中に大変じゃない仕事はないし、なにより私はこの選択が大成功だったと思っている。

理由はふたつある。ひとつは、強固なメンタルがついたことだ。「お断りからがお付き合いの始まり」と言われるくらい、生命保険は売れないことが前提。小さいことで傷つきがちな私は、これにだいぶ鍛えられた。できないことが当たり前で、できたらすごい。断られるのには理由があって、むやみやたらに否定されているのではない。そう学べたことで、以前よりもへこたれなくなった。

もうひとつは、営業力がついたこと。フリーランスでライターをしていると、名指しで発注がこない限り営業して仕事をもらいにいくしかない。そのときには“自分に頼むとどんなメリットがあるか”を提示する必要があるが、生保の営業ではこの能力が大いについた。「他社よりうちのほうがあなたには合ってる」、「私が担当なら安心じゃないですか」と保険を売っていたスキルは、ライターとしての自分を売り込むのにもそのまま応用が可能だったのだ。

こうして私は仕事で得た経験も自分の未来への投資にしていた。

ライブと勉強漬けのアフター5

もちろん、定時退社の恩恵もしっかり活かした。17時の定時を過ぎるとスーツ姿のまま、ライブハウスやライタースクールへと向かう日々。空いている日は関係者が集う飲み会に顔を出した。アフター5に予定のない日のほうが珍しかった。

懐の許す限りはライブハウスにいたのではないだろうか。往復の交通費にチケット代、ドリンク代は着実に生活費の中で存在感を増していったが、それを苦にしたことはない。1,000円のスカートは悩んで踏みとどまるのに2,000円のチケットは喜んで買うし、3,000円のアルバムにもためらわず手を伸ばす。魅力的なアーティストに出会った際はCDを買って、名刺を渡しに挨拶に行った。「駆け出しなんですけど、音楽ライターをやってます。何か機会があったら取材させてください」と。そうして地道に関係を構築していった。

ライタースクールもいろいろなものに顔を出した。自分が手を動かして書くものはもちろんのこと、著名ライターさんの登壇イベントにもいくつ足を運んだかわからない。
評論の書き方やインタビューのコツ、SNS運用の仕方など、乾いたスポンジのように多くのことを吸収した。当時はそれが実になっている実感はまったくなかったが、最近になって少しずつ活かせているような気がしている。あのとき、点で得たものがようやく線になって繋がってきた。そんな感覚があるのだ。

“音楽が好き”を手放しそうになったあの日

こんなふうに書くとすべてが順風満帆に進んでいったように思ってもらえるかもしれないが、決してそんなことはない。音楽が好きなのかわからなくなったし、自分が音楽ライターをしていいのかわからなくなったこともあった。きっかけは、当時通っていた音楽ライター講座での体験だ。

京都インディーや洋楽に明るいライターが講師をしていたその講座は、ジャンルでいうロキノン系やJ-POPが好きな私はお門違いのような空間だった。好きなバンドを挙げても「誰それ」と言われ、アイドル愛を語っても届かない。おまけに私は音楽文化にも明るくなかったので(それを学びに来てもいたし)、なおさら疎外感を抱いた。

――私が好きだと信じてきた音楽は音楽じゃなかったのか。

今まで唯一自信を持っていた“音楽が好き”という感情さえも崩れそうになりながら、すんでのところで持ちこたえ延命する。情熱の灯を消すまいと、さらに私は音楽にのめりこんだ。音楽カルチャーに関わる書籍を読み漁り、なんとか息を吹き返すことに成功した。

あのとき諦めて逃げていたら、いまこうやってこの記事を書いてはいないと思う。

音楽に寄り添う文を書いて生きていく

2019年2月28日、私は期限の3年を終える。
タイムリミットの中で何者かにならなきゃと焦りもがく日々はあまりにもあっという間で、全ての感情を昨日のことのように思い出せる。

結果として私は、音楽ライターとして生きていけることになった。

あのとき、自分の可能性に投資してよかった。3年間の時間やお金を夢に捧げてよかった。心の底からそう思う。そうでなければ、こんなふうに素晴らしい人に囲まれて楽しい毎日は送れていなかったから。あの日、思い切ってくれた私に3年後の未来から大きな拍手を送りたい。

おめでとう、ありがとう。

〈プロフィール〉
坂井 彩花(さかい あやか)
ライター、キュレーター。群馬県出身。ライブハウススタッフ、楽器屋販売員、生命保険会社営業と経験して、2017年にフリーランスとして独立。音楽に関る記事の執筆やプレイリスト作成などを中心に活動している。
Twitter:@ayach___

撮影:遥南 碧