裁判に立ち会う弁護士のように、不動産業者も顧客の売買・賃貸借取引に立ち会って交渉を成立させています。とはいっても、不動産業界では売る(貸す)側と買う(借りる)側両方の仲介を並行して行う「両手取引」が認められています。

矛盾があるように思いますが、多くの顧客から信頼される地域一番店であれば、結果的に両手取引となってしまうケースはあるかもしれません。そんなケースに直面した時、不動産業者はこの矛盾をどう切り抜けているのでしょうか?

大家と入居者の板挟み

ある不動産業者が長年付き合いのあるオーナーから呼び出しを受けました。話を聞くと、「今、中古マンション価格が上がっているだろう? 今がピークじゃないかと思っている」と、要は所有する賃貸マンションを売りたいという相談です。

しかも今いる入居者を追い出して「空室にして売ってほしい」というのです。対象物件は普通賃貸借契約中なのでオーナー側から契約終了を求められませんし、ましてや目的が「売却」では正当事由にあたらないため、入居者に拒否されるかもしれません。「そこをうまく取り持ってほしい」というのがオーナーの要望です。

面倒なことに、対象物件に住む入居者もまた不動産業者と付き合いのある顧客です。4年に1度は引越を繰り返す常連客で、毎回指名を受けてきた恩があります。先日エアコンの不具合に対応した時、「今年で定年退職なので、もう引越しはできないかな…」と話していたことを思い出しました。無職の高齢者は入居審査が厳しくなります。新居探しにも時間がかかりそうです。

対象物件のプロフィールは以下の通りです。

交通:最寄駅から徒歩20分
専有面積:70㎡(2LDK)
築年数:30年
現行家賃:15万円(年間180万円)
査定価格:5,000万円

駅から遠いものの路線バスが頻繁に運行しているので交通アクセスはそれほど悪くありません。湾岸地域に立地し、街並みを飾るのは南国風のパームツリー、窓辺からは水平線も望める風光明媚なマンションです。リゾートライクなロケーションのため以前から人気はありましたが、昨今のコロナ禍の影響でさらに購入希望者が増えたため価格が急騰しているのです。

対象物件の収益性を見てみましょう。年間家賃収入は180万円で、これを入居中(オーナーチェンジ)のまま5,000万円で売るとなると、表面利回りはわずか3.6%です。こんなに収益性が低くては誰も買いません。すなわちこの物件は“投資に見合わない物件”なのです。一方マイホーム需要は顕著なので、入居者を退去させて「空室物件」にした方が高く売却できるのです。

「今売りたい」というオーナーの判断は適格です。しかし入居者の今後を考えると退去要求には二の足を踏んでしまいます。

不動産取引に裏切りは付きもの?

「大家さんと入居者さんのどちらも幸せになる不動産営業を目指します」と新入社員はいいます。しかしそれは難しいことです。大家と入居者は時に裁判の原告と被告のような関係になります。

たとえば前述のような「売却のための立ち退き」や、その他「更新時の家賃値上げ、値下げ交渉」など、二者の利害が合致しない場合の対立は避けられません。裁判なら原告側・被告側それぞれに別の弁護士が付きますが、不動産業者は一人で二者の問題に取り組まなくてはなりません。多くの業者は倫理的に問題を解決しようと努力しますが、中にはこの立場を悪用しようとする業者もいます。

「両手取引」のワナ

不動産売買には「両手取引」という手法があります。これは売主・買主両方の仲介を並行して行い、最終的に両方から仲介手数料(両方から手数料=両手)を得るものです。

悪質な業者は、まず売主に相場より高値の売出し価格を提案し、数か月間引き合いがないと「この物件には魅力がない」と大幅値下げを求め、下取り業者に買わせるという手段です。これはいわゆる“出来レース”で、最初から下取り業者に流す筋書きが出来ているのです。買主である下取り業者には有利で売主には不利益となりますが、業者は両方から仲介手数料が得られます。

「入居者様第一主義」は仮の姿

街の不動産屋の多くは賃貸住宅の仲介が専門です。「入居者様第一主義」を掲げて、賃貸住宅を探している顧客に対しきめ細やかなサービスを提供します。希望にあった物件をたくさん紹介してくれますし、契約条件の交渉もしてくれるなど“至れり尽くせり”なイメージがあります。

しかし、いざ入居すると不動産屋の態度は一変します。今度は大家側へ“至れり尽くせり”になるのです。街の不動産屋の仕事は入居者募集とその契約業務、そして入居後の建物管理です。入居者からは仲介手数料が得られますが、それは新規契約時の一度きりです。ビジネス全般にいえることですが、単発的な収入より定期収入の方が経営は安定します。

すなわち、街の不動産屋は一度きりの仲介手数料よりも、毎月定額で得られる賃貸管理料の方がありがたいのです。そのため、多くの不動産業者は入居者よりも大家を“上客”として歓待します。

不動産業者は誰の味方か?

世間では「不動産業者はウソツキ」という風潮があるようですが、その要因は不動産売買における両手取引の横行や、入居者を蔑ろにした大家とのズブズブな関係に所以すると思われます。アメリカなどの諸外国では両手取引そのものが禁止されており、売主・買主それぞれに別業者がつくのが当たり前になっています。

残念ながら日本の不動産業界には、売主か買主、または賃貸人(大家)か賃借人(入居者)のどちらか一方だけに付いて安定収益を得ていく土壌が出来ていません。それに加え、値引きなどの条件交渉を“意気”としない、日本人ならではの商取引に関する考え方もネックになっています。

不動産取引においても、売主から提示された価格や、大家が希望する家賃をすんなり受け入れて契約してしまう顧客がほとんどです。条件交渉の機会が少ないため現行スタイルに疑問を呈する声が少なく、問題を改善する動きが起こらないままなのです。

大家と入居者の板挟み…その後

入居者との交渉は難航しました。この物件は暮らしやすく、できることなら終の棲家にしたいと考えていたこと、今年で定年退職することもあり、今より良い条件の転居先を見つけることは難しいことを理由に拒否の姿勢です。

そこで、「では、買い取りますか?」と提案しましたが、5,000万円は捻出できないとの返事でした。また「ここを収益物件と考えると表面利回り6%以上は必要です。そうなると家賃は月額25万円以上に値上げしなければならなくなりますが、支払えますか?」とたたみかけると、家賃6か月分相当額の立ち退き費用と、引越費用の提供を条件に退去を受け入れてくれました。

残された仕事は、無職高齢者を受け入れてくれる賃貸住宅を見つけることと、この物件を5,000万円で売却成約させることです。

まとめ

不動産業と弁護士業は似ているところがあります。しかし不動産売買には「両手取引」など商取引上矛盾した部分もあり、そういった矛盾を解消して取引成立させるのが不動産業者の腕の見せ所です。

売る(貸す)側と買う(借りる)側、二者の合意点を見つけることは難しいかもしれませんが、双方の利益と平穏な生活を守ることが不動産業者の使命です。

不動産業者は物件案内をしているだけでなく、顧客のさまざまな経済・生活状況を鑑みながら業務を遂行していることを知っていただきたいと思います。