「千三つ(せんみつ)」という言葉をご存知でしょうか?

不動産業界では、「売買契約は1,000件に3件程度しか取れない」という意味合いで使われることがあります。このとてつもなく低確率のビジネスを、不動産業者はどのようにまとめ、会社経営を維持しているのかについて考えてみたいと思います。

不動産業界の「千三つ」とは?

「千三つ」を広辞苑で紐解いてみると、「うそつき。ほら吹き。本当のことは千のうち三つしか言わない意。土地の売買や貸し金などの仲介を業とする人」とあります。この中にある「土地の売買…」の部分が不動産業のことを指しているとすると、不動産業者は「うそつき」や「ほら吹き」と同類と解釈されてしまいます。不動産業者がこのような扱いを受ける根拠とは一体何なのでしょうか?

不動産取引を取り締まる「宅地建物取引業法」が制定されたのは第二次世界大戦後間もない1952年(昭和27年)です。それ以前は法の縛りがなかったため、多くの地主が悪徳業者の口車に乗せられて、条件の悪い契約書に判を押してしまったり、土地の権利書をだまし取られるといったトラブルに苛まれていました。

同法の施行によってトラブルは徐々に減少しましたが、これらの悪行は多くの人々の記憶に「不動産業者=うそつき」として焼き付けられ、その言霊が千三つの中に封じ込められてしまったのかもしれません。

一方、不動産業者自身が持つ千三つの解釈はまったく違います。不動産業者は「売買契約は1,000件に3件程度しか決まらない」、要するに「不動産売買の成約率は低い」という意味でこの言葉を使っているのです。

たとえば、販売価格3,000万円の物件が売れると約90万円(3,000万円×仲介手数料3%)の売上が得られます。同じ価格帯で3物件成約すれば、その合計売上は約270万円になり、これが1,000件営業をかけた末に得られた報酬ということになります。

営業経費も計算してみましょう。不動産店の従業員10人が、1日1人1件ずつ営業をかけたとします。そうすると1カ月で約300件、1,000件に達するには約3カ月かかります。その間には従業員の人件費や交通費、店舗維持費といった経費ロスもあります。

従業員の給料:月額300万円(月額給料30万円×10人)
店舗の家賃:(都市部の1階路面店として)月額50万円
物件案内のための交通費(1件2000円として):月額60万円

1カ月の合計経費は410万円になり、3カ月分だと1,230万円になります。しかし3か月分の売上は270万円しか得られませんから、この不動産店は差し引き960万円の赤字となってしまいます。

実際にはここまで低確立ではないと思いますが、不動産取引は不確定なビジネスであることに違いありません。毎月の売上を安定させるため、多くの不動産業者は賃貸管理部門を併設して定期収入を得るなど経営努力をしています。

毎日の積み重ねが“ミラクル”につながることも

ある不動産営業マン(Aさん)の体験談

Aさんは大手不動産会社の支店長で、毎朝誰よりも早く出勤し、店舗前の遊歩道を掃除するのが日課でした。通勤ラッシュの時間帯になると、集団登校の小学生や自転車通学の高校生、OLやサラリーマンなど、さまざまな人たちが足早に通り過ぎていきます。

そんな中、ゆっくりとした足取りで朝の散歩を楽しむ老夫婦の姿もありました。老夫婦は掃除しているAさんを見て、「きれいになりますねぇ」といつもねぎらいの言葉をかけてくれます。近所の住人であることは間違いありませんが、どのような素性の人たちかはわかりません。

Aさんは不動産業者にありがちな「御用聞き営業」が苦手なタイプで、会話をしても天気や季節の話題程度に留め、込み入ったことは一切聞きませんでした。

そんなやりとりが1年ほど続いたある日、老夫婦の姿が突然見られなくなり、数日後に奥さん1人だけが通りかかりました。Aさんは心配の余り聞いてみると、旦那さんは足を骨折し入院中だというのです。

お見舞いに伺いたい旨伝えると、「夫はかなり傷心しているので…」と、やんわり断られてしまいました。「しまった、営業目的と思われたか」とAさんは申し出を後悔しましたが、奥さんは翌日も変わらず散歩に訪れ、朝の交流はその後も続きました。

数週間後、奥さんから「リハビリも順調でだいぶ元気になりました。もしよかったら顔を見にいらしてください」と、自宅の住所を教えられたのです。旦那さんはすでに退院しており、自宅療養に入っていました。自宅の場所は人気の邸宅街で、中古住宅でも3億円以上の値が付くエリアです。

老夫婦宅を訪問したAさんは応接室へ通され、松葉杖を携えながらソファに腰かける旦那さんと久々に再会しました。応接テーブルの上には、分厚い設計図面集と古い権利書が数冊置かれており、旦那さんは、「骨折をきっかけに今後が不安になりました。自分で判断できるうちに資産整理をはじめたいと思います」と、Aさんに所有不動産の売買を依頼してきたのです。

毎日の掃除や挨拶といった他愛ないルーティーンが、数年後のミラクルに結び付くこともあります。不動産業者にとっての千三つとは、「簡単に契約が取れると思うな! 千に三つくらいの覚悟で日々地道に取り組め!」という自分自身への叱咤・激励の言葉なのかもしれません。

不動産業者は「ジンクス」好き

千三つだけでなく、不動産業界には先輩社員から代々受け継がれる「謂れ(いわれ)」があります。これらを知ると、不動産業者がいかにジンクスやゲン担ぎを重んじているかがわかります。

「水曜定休」が多いワケ

不動産業者には水曜定休の会社が数多くあります。顧客の内見が週末に集中するため、土・日出勤する替わりに平日定休としていることはわかりますが、なぜ水曜日が選ばれたのでしょう?

水曜日の「水」という漢字には「流れる」という動詞が付くので、「契約が流れる」といった縁起の悪いイメージがあります。そこから派生した「水曜日に仕事をすると良いことはない」というジンクスから、多くの不動産業者は契約や引渡しを水曜日に設定することを避けます。

その他、六曜の「仏滅」にあたる日も契約や引渡しに相応しくないとされ、もっとも良いのは「大安」、売主・買主の都合がどうしても合わない場合は「先勝」か「友引」の午前中、「先負」の午後に設定するよう心がけています。

社名に「三」が多いワケ

不動産業者には、社名に「三」がつく会社がたくさんあります。インターネット上で「不動産会社_三」と検索するだけでも、三和、三栄、三幸といった社名が次々と出てきます。

その由来は「3つの会社の合併」や「三本の矢の教えから」などとさまざまですが、関西地方では社名に「三」が付く会社は寿命が長く倒産しないというジンクスが伝えられています。またカタカナでも「サン」が付く社名が多いようです。

まとめ

「千三つ」とは、「1,000回中3回しか本当のことを言わない不動産屋」などと解釈する人もいるようですが、不動産業者自身は「1.000件中わずか3件しかない契約(上客)」と考えています。不動産売買は賃貸とは違って取引金額が高く、また顧客の検討期間も数か月から数年と長期にわたります。

顧客の問い合わせが契約に直結する可能性は非常に低く、営業担当者が焦って顧客の決断を急がせようとすると、商談自体がご破算になるリスクもはらみます。不動産業者は、「3件契約が取れれば御の字。気楽に行こう」という穏やかな心持ちで顧客と向き合うことが必要なのかもしれません。