相続の際、もっともトラブルが起きやすいのは「不動産に関わる遺産分割」といわれます。とくに投資用不動産など複数の不動産を所有する富裕層の相続となると、兄弟姉妹、または親戚同士の話し合いがつきにくくなります。

そんな不動産相続の悩みを抱える富裕層ファミリーのトラブル事例や円満解決策について考察します。

1人でも異論が出れば…

遺産相続でもっともトラブルになりやすいのが不動産の分割方法です。遺産が現金だけなら1円単位で分割できるのでトラブルは起こりません。

しかし現金のほかに不動産があったり、遺産が不動産だけしかないという場合はトラブルに発展しがちです。なぜなら、不動産は現金のように公平に分割することができないからです。

複数の不動産を所有していた富裕層の遺産分割は複雑になります。自宅(相続人たちの実家)の一戸建て住宅、自ら商売を営んでいた店舗ビル、事務所として賃貸中の一棟テナントビルなど、使用目的や建物規模、収益性など物件属性にばらつきがあるため、現金のように均等分割することはできません。

トラブルケース➀

実家の一戸建て、店舗ビル、一棟テナントビルの3つの不動産を兄弟3人で相続したケースです。

実家を長男に、店舗ビルを次男に、テナントビルを三男に振り分ける前提で話し合いがはじまりました。長男が被相続人と共に実家で暮らしていたのなら、相続後も生活状態を変えずにそのまま暮らせるので良いでしょう。

次男は被相続人の仕事(店)を手伝っていたので、二代目経営者として店舗を引き継げば良いでしょう。問題は三男のテナントビルです。収益性が高いため定職に就かなくでもある程度の生活費を得ることができます。ある意味“旨味”のある不動産を末っ子が単独で相続するとなれば、上の2人が黙っているわけがなく、話し合いは決裂します。

トラブルケース②

相続人の姉妹2人が実家の一戸建てと一棟テナントビルを相続したケースです。

実家を既婚の姉が、独身の妹がテナントビルを相続する前提で話し合いをはじめたところ、姉が夫の名字で実家の土地・建物を継ぐ(登記簿上の所有者の名字が変わる)ことに妹が違和感を覚え、逆に姉がテナントビル、自分が実家を継いで実家の名字を残したいと主張したため話し合いが長期化しました。

兄弟姉妹のうち誰か1人でも異論を唱えれば、相続は成立しません。これが不動産の相続は現金より厄介になる所以なのです。

不動産相続には4つの選択肢がある

兄弟姉妹の多い家族にとって不動産相続は将来的な悩みの種です。できることなら、親(被相続人)が元気なうちから話し合いをはじめ、ある程度の方向性を定めておいた方が賢明でしょう。そこで、相続不動産の分割方法について説明します。

現物分割

相続人が所有していた不動産毎に分ける方法です。前述の事例をもとに説明すると、3つの不動産(実家、店舗、テナントビル)を3兄弟で分けたり、2つの不動産(実家、テナントビル)を姉妹で分けたりする方法です。

代償分割

兄弟姉妹のうち誰か1人が不動産の相続人(=登記所有権者)となり、その他の兄弟姉妹に対し遺産分割分相当の対価(現金)を支払う方法です。この場合、登記所有権者となった人に数千万円~数億円単位の現金支払い能力が必要になります。

換価分割

相続人全員合意の上で不動産を売却し、現金化して分割する方法です。この場合、登記簿上の登記所有権者が被相続人名義のままでは売却できないため、まずは相続人全員が持ち分割合で登記所有権者となるか、または誰か1人が代表して登記所有権者となる必要があります。

共有

現物・代償・換価のいずれの分割方法をもってしても相続人同士の話し合いがまとまらないまま相続税の申告・納期限を迎えてしまった場合は、最終手段として各相続人の「持ち分割合の共有」として所有権移転登記を行うことになります。

円満解決に見える「共有」が一番怖い

相続税の申告と納税は、被相続人の死亡を知ってから10カ月以内に行うことになります。亡くなった悲しみに暮れていれば10カ月などあっという間に経ってしまいます。期限を過ぎれば追徴課税などのペナルティもありますので、迅速に相続人同士の話し合いを進める必要があります。

相続人数の均等分割で話が付けば良いのですが、被相続人と長年同居し身の回りの世話をしていた人や、被相続人の医療施設通院や入院時の世話をしていた人などは「相続分を割り増ししてほしい」と要望するかもしれません。

それに対し他の相続人が承諾せず話し合いが平行線を辿れば、最終的に共有登記を選ぶしかありません。しかしこの共有がもっとも危険な選択肢なのです。

共有の初回は2~3人の兄弟姉妹だけですが、この後年月が経ち、その中の誰かが亡くなってその子どもたちへと相続されれば、不動産の所有権者はネズミ算式に増えていきます。

仮に初回の相続人を3人としてそれぞれに2人の子どもがいたとすると、2次相続時の所有権者は6人に増えます。その6人にそれぞれ2人の子どもがいたら…際限ありません。

土地や建物の登記簿謄本を見ていると、意外と共有を選んでいる家族が多いことがわかります。共有は相続問題を未解決のまま先延ばしし、子や孫にその後始末を押し付けるようなものです。大人になると、「イトコやハトコは音信不通でどこに住んでいるかもわからない」なんてことは当たり前になります。

不動産を売るにも貸すにも、共有する所有権者と連絡がつかない限り何もできません。こういった背景から昨今の「空き家・空き地問題」も深刻化しているのです。後の世代に問題を持ち越さないためにも、どこかで白黒はっきりさせる必要があります。

共有者の破綻で買取業者の餌食に

共有でもっとも厄介なのは、所有権者の1人が単独で持ち分不動産を第三者へ売却してしまうことです。都市部に建つ小規模テナントビルの相続問題を例に説明します。

このビルの最上階には大家(被相続人)宅があり、そこが相続人たちにとって実家でもありました。実家であり、また立地的にも資産価値が高い不動産のため相続人同士の主張・要望が折り合わず、最終的には共有登記で決着させるしかありませんでした。

しかしその後、相続人の1人が経済的に困窮し、テナントビルの持ち分を相談もなく売却してしまったのです。近年は「持ち分買います」と謳う相続不動産買取専門の不動産業者も増えています。業者は足元を見て安値でしか買い取りませんし、買取後は他の所有権者に対し高値で買い戻すよう売り込んでくるか、またはそれぞれの持ち分を安く売り渡すよう要求してきます。

都心の一等地にある中小規模不動産はもっとも買取業者の餌食になりやすい物件です。未だに「共有なら揉め事もなく円満におさまる」と思い込んでいる富裕層の方々はお気を付けください。円満と見せかけながら、その裏には未来への地雷が隠れています。

まとめ

遺産相続の際にトラブルになりやすいのが「不動産に関わる遺産分割」です。「割り振られた不動産の属性が違いすぎて公平でない」「親の名字で登記上残されないことが不満」などさまざまな理由で相続の話し合いがまとまらないことが多々あります。

相続人のうち1人でも異論を唱えれば相続は成立しないので、被相続人が元気なうちに「現物分割」「代償分割」「換価分割」「共有」の中からある程度の方向性を決めておくことが賢明です。

この中でもっとも危険な選択肢が「共有」です。共有登記の場合、不動産の所有権者はネズミ算式に増えていきます。「共有なら揉め事もなく円満におさまる」と思い込んでいる人も多いようですが、それは相続問題を未解決のまま先延ばしし、子や孫にその後始末を押し付けるようなものです。後世のためにも早期に決着を付けておくことが大切です。