中国・上海市で、新型コロナ患者収容施設確保のために国有集合住宅の入居者を強制退去させるという前代未聞の騒動がありました。
国家的有事だからといってそこまでやるのはいかがなものかと思いますが、諸外国を見回すとこのような事例はたくさんあるようです。
世界各国で起こった衝撃的な「強制退去」事例を見ながら、日本という国がいかに住民に優しく、平和で幸福な国であるかを再認識していただきたいと思います。
国有マンションをコロナ収容施設に
まもなくコロナ禍も収束するのか、いやいやまだポストコロナまでは遠い、と様々な意見が飛び交っている昨今、中国でとんでもない「強制退去」騒動がありました。
舞台となったのはとあるマンションで、複数の警察官が入居者たちを住宅から追い出そうとし、双方で揉み合いになっています。このマンションは国所有の物件で、中国政府はこのマンションを新型コロナ患者の緊急収容施設に代えようとしているのです。政府はいわばマンションの大家です。
日本では考えられないことですが、大家から「すぐに出て行け!」と言われたら入居者は従わざるを得ないというのが中国における賃貸借契約のようです。
ちなみに中国では民間人が土地の所有権を得ることができません。親族同士で暮らす一戸建であっても、または長年耕し続けた農地であっても、国から退去を求められれば建物や農作物を放棄して引き渡すしかないのです。
中国のように「国土すべてが国有地」としている国は多数あります。たとえばイギリスの土地(主にイングランド、ウェールズ)は「国王の所有」とされ、オーストラリアの土地も「王に属するもの」とされています。
学校新設のために既存住宅を破壊
パレスチナ自治区の首都とされる東エルサレムでは、イスラエル軍によって2棟の住宅が粉々に破壊され、そこに暮らしていた住民が強制退去の目に遭っています。現状、東エルサレムはイスラエル国の実効支配下にあります。
軍は以前から「学校をつくるため」という名目で住民に対し立退きを促していましたが、住民側がいつまでも居座り続けたために今回の強行破壊に至ったものです。空爆を受けた後のように建物は跡形もなく崩れ、財産と呼べるものはほとんどなくなり、住民は瓦礫の中から思い出の品を見つけることぐらいしかできません。
しかしこれは氷山の一角で、現在も約500人の住民が強制退去を宣告されているといいます。地元裁判所の判決も軍寄りで、住民の生活権利が受け入れられる兆しはありません。
イスラエルとパレスチナの対立の歴史は長く、和平交渉と紛争を繰り返しながら今日に至っています。今回のように東エルサレム(パレスチナ)住民がイスラエル軍に抵抗する動きは「インティファーダ(パレスチナ解放運動)」の一環と捉えられます。
単に土地・建物の所有権を守るということではなく、自分たちの居場所、ひいてはパレスチナを「国家」として世界に認めさせたいという思いから住民たちは居座りを続けているのです。
急激な都市開発で生存権が蔑ろに
長年“発展途上国”と称されてきたカンボジアも、1900年代後半から首都・プノンペンを中心に都市開発事業が加速しはじめました。そこで、開発のために必要な土地の強制収用に絡む紛争が発生します。
カンボジア政府は、ショッピングセンターや高級アパート建設など9つの開発事業のため約1万世帯・7万人に対し強制退去を要請し、それに従わなかった住民は拘束、または刑務所に収監されています。たとえ素直に従ったとしても、政府が用意した移転先は生活インフラや雇用・教育環境が整っておらず苦労を強いられることになります。
カンボジアの開発事業には、アジア開発銀行の筆頭株主である日本政府も少なからず関与しており、「先進国の一員として、地元住民の生存権を守る支援をすべき」との声も上がっているところです。
現代日本にもある「強制退去」騒動
昭和時代には日本においてもインフラ整備に伴う強制退去が行われ、山間部にあるいくつかの町・村がダムや遊水地建設のため水底に沈められました。「故郷を追われて、昔の人は辛かったろうなぁ…」と回顧できる時代になりましたが、実は近年でもまだ強制退去が行われている地域はあるのです。
大阪市西成区のあいりん地区は日雇いの仕事で生計を立てている労働者で溢れています。言わずもがな低所得のため、周辺には安価な簡易宿泊所が林立し、労働者同士のケンカや違法商売などが絶えない“治安の悪い街”として知られています。
この地には彼らをサポートする「あいりん労働福祉センター」があり、施設内には職業紹介窓口のほかシャワールーム、理髪店、食堂などが整備されており、労働者にとっての“心の拠り所”となっていました。ここが建物の老朽化を理由に閉鎖されることになったのです。
労働者たちにとって青天の霹靂、まさに強制退去を宣告されたに等しい状況となりました。心の拠り所を守るため、多くの労働者は建物内や敷地内にテントを張って寝泊まりし抵抗を続けましたが、閉鎖発表から2年後の2021年、大阪地裁から労働者たちに対する立ち退きを言い渡す判決が下ってしまいました。
退去を強いられた労働者は高齢者がほとんどで、行政側は生活保護申請などを促しながら新生活への移行を手助けしていますが、「人の世話にはなりたくない」という声が大半のようで、歩み寄りの姿勢は見えてきません。
再開発による強制退去は今がピーク?
意外と知られていませんが、このところ都心部における強制退去が増えていることをご存知でしょうか? 実は東京オリンピック・パラリンピック開催後も都心部の再開発事業は続行されており、都会に残る昭和の街並みが次々と取り壊されています。
「国内最高層」を謳う複合ビル建設現場に選ばれた都心某エリア、そこに暮らす住民のほとんどは70代以上の高齢者です。当然、住宅はいずれも築50年以上の歴代物で、細い路地が網の目のように連なる中を寄り添うように建っています。
周辺は起伏に富んだ地形のため坂道が多く、富士見坂や落合坂といった古の時代から引き継がれた呼び名も所々に残っていましたが、わずか数か月でのっぺりとした更地に整えられてしまいました。住民はゼネコンが用意した賃貸住宅に5年ほど仮住まいし、ビルが完成したら地権者住戸に入ることになります。
しかし、高齢者は引越しによる進退・精神的負担によって身体を壊しがちで、5年を待たずして亡くなってしまうケースも少なくありません。
令和の時代にあってもこのような高齢者虐待に近い強引な退去事例はあります。少なくとも日本では諸外国のような非人道的措置はないと信じますが、今後の日本経済の動向次第ではそれも不透明であるといえます。高額を支払い登記を経て手に入れた土地や建物であるにも関わらず強制退去させられるような事態は何とか回避したいものです。
まとめ
海外には驚きの強制退去事例があります。
中国では新型コロナ患者収容施設確保のため国有集合住宅の入居者が、パレスチナ自治区の東エルサレムではイスラエル軍の退去指示に従わない住民が、都市開発事業が進むカンボジアでは約1万世帯が強制退去させられています。
強制退去には宣告する側(国)にも行使せざるを得ない理由があり、一方の住民側にもそれを受け入れられない事情があることがわかります。
また現代の日本においても、日雇い労働者施設取り壊しに伴う強制退去や、都心再開発に伴う高齢者の強制退去などが行われています。諸外国のような非人道的措置はないと信じたいものの、今後の経済情勢次第ではある程度の覚悟が必要な時が訪れるかもしれません。