2020年春から羽田空港の「新飛行ルート」の運行がはじまりました。このルート下には港区内の高級住宅街もあり、航空機のエンジン音や落下物の懸念などで「不動産評価が大幅に下落するのではないか?」と噂されています。

新飛行ルート運行開始から2年余りたった今、予測通り土地価格は下落しているのか?

同エリア内に物件を持つ不動産投資家は今後どのような対策を取るべきなのかについて考えていきます。

セレブの街を襲う騒音公害

東京オリンピック・パラリンピックを翌年に控えた2019年、Aさん(30代独身女性)は自宅マンション購入を考えはじめました。当時の不動産価格は高騰気味でしたが、オリ・パラに絡む市街地再開発に伴い、駅に近く商業利便性の良い場所に新築マンションが続々誕生していたのです。

候補は港区内の1LDKで、勤務先から近い「新橋」物件か、またはお洒落なセレブの街「白金高輪」物件のいずれかで考えていました。

新橋エリアの魅力といえば飲食店の多さです。深夜まで残業しても夕食難民になる心配はありませんし、何より街が賑やかで愉しげです。一方の白金高輪は古い町並みも所々に残る成熟した住宅地で、生鮮食品が豊富に揃う大型スーパーがあり、ファミリーはもちろん自炊派の単身者にも好まれています。

新橋物件の坪単価は550万円で、白金高輪物件の坪単価は600万円と少々高めです。Aさんは喧騒溢れる街中よりも静かな住環境を求めていたので、割高ではあるものの白金高輪物件を選ぶことにしました。

そこで新橋物件の営業担当者へ断りの連絡を入れたところ、「本当に良いのですか? 白金高輪はこれから大変ですよ」と言われたのです。何が大変なのか聞き返すと、担当者いわく「来年から羽田空港に着陸する旅客機が白金高輪上空を通過する新飛行ルートが運用されます。しかも飛行高度は600mと超低空なんですよ」とのことでした。

肩透かしに遭った新飛行ルート

羽田空港には風向きに合わせて2通りの飛行ルートがあります。ひとつは千葉県・浦安沖から離陸し千葉県・木更津沖から着陸する「北風時ルート」と、もうひとつは木更津沖から離陸し浦安沖から着陸する「南風時ルート」です。

1時間当たりの発着回数は80回程度で、2020年のオリ・パラ開催に伴う外国人観光(インバウンド)需要増加を想定するとキャパシティが足りません。あらゆる検証を重ねた結果、南風時ルートの一部に東京都心上空を組み込むことで1時間当たりの発着回数を90回まで増やせることがわかりました。

そういった経緯で2020年春から都心を飛ぶ新飛行ルートの運用が開始されることになったのです。残念ながら、新飛行ルートはコロナ禍の影響を受けて思い切り“肩透かし”を食らった格好になっています。この顛末に「運行する必然性があったのか?」「今後も運用を続けるべきなのか?」と疑問の声が絶えません。

羽田空港に着陸する旅客機が白金高輪上空を通過するのは南風時の15時から19時の間です。この時間帯は子どもたちの下校や夕飯の買物、仕事場からの帰宅タイミングと被ります。

18時の白金高輪駅前には、どこからか響いてくるジェット音に空を見上げ、巨大な機体を探す通行人の姿が数多く見受けられます。そして行政窓口には「轟音がうるさい」「落下物が心配」など地域住民の不安な声も多数寄せられているようです。

時代に逆行、補助金も出ない

日本国内で陸上飛行ルート運行を予定している空港を探してみたところ、福岡空港が2025年春の滑走路増設に併せて着陸経路の変更を検討しているようです。

現在は博多湾側から福岡県春日市上空を急旋回して着陸する飛行ルートですが、将来的にはより内陸部の久留米市、小郡市、筑紫野市、太宰府市などの上空を経由して着陸する新飛行ルートを計画しています。現在すでに飛行ルート下となっている春日市などの住民に対しては防音工事や移転補償などの費用助成が行われており、新飛行ルート下の住民も同様の手厚い補助が受けられることになるでしょう。

このように、陸上を飛ぶ新飛行ルートの運用を開始すればルート下地域の環境悪化問題が取り沙汰されることになり、政府も何らかの対策を取らざるを得なくなります。

過去には大阪国際空港(伊丹空港)周辺住民と対立した騒音公害訴訟の経験もあり、この教訓を踏まえ、平成以降に開港した関西国際空港や神戸空港、そして中部国際空港(セントレア)は住宅のない海上埋立地に建設されています。

羽田空港や福岡空港は時代に逆行しているように受け取れます。福岡の場合はそれを補うために助成制度を設けていますが、羽田はどうでしょう?

一部報道によると、政府は「(羽田の場合)陸上飛行時間を1日3時間程度に限定すれば騒音問題は免責」と考えているようです。現状、たとえ80デシベル(走行中の電車内、救急車のサイレン、パチンコ店内相当の騒音)を超えても住宅への防音費用補助は受けられないということです。

新飛行ルート下の土地は値下がりする?

新飛行ルート下にあるのは白金高輪だけではありません。「目黒」駅上空(品川区・高度約600m)や、「大井町」駅上空(品川区・高度約450m)なども該当しています。

目黒駅付近は高層ビルが多いせいか、白金高輪駅上空よりも機体が大きく見えます。駅前の高層ビル群を縫って飛行する旅客機の姿は、アメリカ・ニューヨークで起きた航空機ハイジャックテロを彷彿とさせられ、悪寒が走ります。

大井町駅上空ではより機体が大きく見えるようになり、エンジンの爆音だけでなく、着陸に備え操縦士が尾翼を操作する「カタ、カタ…」という音まで聞こえてきます。

不動産業者の多くは「新飛行ルート下地域の不動産価値は近い将来下落するだろう」と推測しています。騒音や落下物による人的被害や建物破損も心配ですが、これまで高水準をキープしてきた不動産評価が下落してしまうことは大きな痛手です。

ここで「白金高輪」駅前の路線価推移を見てみましょう。新飛行ルート運行前年にあたる2019年(平成31年・令和元年)の路線価は236万円/㎡、そして最新年(令和3年)の路線価は253万円/㎡で約107%の上昇となっています。

比較のため「新橋」駅前の路線価推移も見てみると、2019年は1,163万円/㎡、最新年は1,212万円/㎡で、約104%の上昇に留まっています。単価差はあるものの、新橋より白金高輪の方が価格上昇率が大きく、新飛行ルートの影響は受けていないように思えます。新飛行ルートが開始されてまだ2年程度ですから、今後変動する可能性は残っていますが。

白金高輪ばかりでなく、目黒や大井町までも不動産価値が下がるとなれば、関連エリアに賃貸物件を所有する不動産投資家にとって大変深刻な問題になります。とはいえ現段階でその気配は微塵もなく、むしろコロナ禍による景気低迷の巻き返しで不動産市場は沸き返っています。

新飛行ルート下の不動産評価が下がるのが先か、はたまた新飛行ルート自体が廃止されるのが先か、当面静観していられそうです。

まとめ

港区や品川区上空を超低空で飛行する羽田空港の「新飛行ルート」の運行がはじまって2年が経過しました。本来は東京オリ・パラのインバウンド需要増大を見込んでの運行開始でしたが、コロナ禍の影響で航空機利用客は激減、肩透かしに遭った状況です。

白金高輪のほか、目黒、大井町なども新飛行ルート下にあり、不動産業者の多くは「ルート下エリアの不動産価値は下落する」と予測しています。そこで運行開始前年(2019年)と現在(2021年)の路線価を比較してみましたが、逆に微上昇しており下落の気配はありませんでした。当面の間はコロナ禍による景気低迷の巻き返しで不動産市場は好調が続くと予想されます。