住宅用地を購入する際は平坦地が良いとされ、坂の途中、すなわち傾斜地や崖地は避けられがちです。その一方で、長崎や神戸のような“坂道のある街並み”が魅力の住宅地もあります。

坂の途中や坂の上での暮らしはデメリットばかりではありません。坂道がある街の暮らしやすさや、傾斜地・崖地を価格査定する場合の基本的考え方などについて解説します。

坂道物件に苦戦はつきもの

坂(丘)の上にあるマンションを所有するAさんの事例

Aさんは、南関東地方・某市の丘陵地に建つ築40年余りのマンションを2,000万円で売り出すことになりました。間取りは3LDK、建物の最上階に当たる6階で日当たりは良好、そして高台立地のため眺望も拓けます。

総戸数500戸の大規模コミュニティ、敷地内には大きな公園もあり、保育園や小学校もすぐ近くにあります。子育て環境が整っているため「小さな子供がいる若いファミリーがたくさん来るだろう」と目論んでいましたが、オープンルームに訪れたのは60歳代以上の夫婦や単身者ばかりで、思い切り当てが外れた感じです。

このマンションの立地は最寄り駅から徒歩10分程度と、数字だけ見ると交通の便はそれほど悪くない印象です。しかし経路のほとんどが坂道や階段で、60代の中高年が往来するにはなかなかきつい道程です。

そしてマンションにはエレベーターがなく、6階の部屋へ行くにはさらに階段を登らなくてはなりません。オープンルームを訪れた客は口々に「やっとたどり着いたと思ったらまた階段」とか、「どこまで登るのかと気が遠くなった」と訴え、帰り際に「眺望は素敵だけれど、体力に自信がない…」と半ば諦めの言葉を残して帰っていきます。

こんな調子で販売開始から3か月経過しましたが、具体的な買付・申込はまったく入ってきません。

子育て世代に嫌煙される古臭い×坂道物件

このような坂(丘)の上にある古いマンション(団地)は昭和40~50(1960~1970)年代に大量建設されました。当時は日本人の暮らし方が和式から様式へと替わる転換期で、間取りに「リビング」という概念が採り入れられたのもこの時期です。

ちゃぶ台がダイニングテーブルになり、畳に直敷きだった寝床がベッドに置き換わり、丘の上の団地はまさに“モダンな暮らし”の象徴でした。この頃多感な幼少期を過ごしていたのが現在60~70歳代の人たちです。

当時のお洒落で洗練されたイメージが今でも記憶に残っているため、きつい坂の上にある古びたマンションであってもノスタルジーを感じてしまうのです。

一方、20~30歳代の現役子育て世代はシビアです。築年数・設備にこだわり、古臭い団地には見向きもしません。加えて往来に苦労する坂の上であれば「検討の価値などない」と切り捨てます。

坂道暮らしはハイリスク

傾斜地や崖地に立地する住宅の場合、ちょっと買物へ出かけるだけでも坂道や階段の昇り降りが必須になります。それが毎日続くとなると、それはハイリスクのほか何者でもありません。

新築の際には土地の傾きを整える造成を行わなければならず、また建築計画も複雑になります。加えて悪天候時や地震の際の斜面崩壊・土砂災害も心配です。

建設コストがかかる上に完成しても心労が絶えない土地は、相場より価格を下げて売るしかありません。このような経緯から、傾斜地や崖地は価格査定で減価される傾向にあります。

傾斜地・崖地の減価率

土地価格評価の基準となる「路線価」に対する傾斜地・崖地の減価率は、傾斜地・崖地が土地全体の3割程度を占める場合で12~17%程度、9割以上の場合は30~47%程度とされています。

減価率は傾斜や崖の位置がどちらの方位にあるかによっても異なり、北側に位置する場合がもっとも減価率が高く、次いで西、東、南の順で低くなっていきます。

広告表記にもルールがある

急傾斜地・崖地の定義は「地表面が水平面に対し30度を超える角度をなす土地」です。不動産広告においても、傾斜角度が30度以上ある売り土地に関してはその旨を記載しなければならないというルールがあります。

しかし、その表記は物件概要の末尾にかかれている程度で、あまり目立ちません。「陽光注ぐひな壇の住宅地」など魅力的なキャッチコピーに惑わされて見落とさないようにしましょう。

坂道住宅のメリットとは?

日当たりが良い

傾斜地や崖地にも良い点はあります。一つは、土地が斜めになっているため前の建物に眺望を遮られないことです。眺望だけではありません。日当たりや風通しが良く快適に過ごせるというメリットもあります。

坂道が街の魅力に

全国にある傾斜・崖地の面積を都市別に測定してランキングにまとめたデータがあります。そのトップ10圏内には熱海(静岡県)、長崎(長崎県)、尾道(広島県)、函館(北海道)、神戸(兵庫県)といった坂道にゆかりのある観光地が並びます。

この中でも長崎や神戸は住宅地そのものが坂道観光スポットになっているところです。いずれも古くからの高級邸宅街で、傾斜や崖があるからといって安く叩かれるような場所ではありません。このように坂道に寄り添った街づくりが成熟すれば、土地の価値はおのずと上がります。

子供たちの体力づくりに

傾斜地・崖地は高齢者世帯にはおすすめ出来ませんが、小さな子がいる若い世帯にとってはコスパの良い絶好の住環境です。過去のマンモス団地でも多くの子供たちが坂道を遊び場にしながら元気に育ってきたのですから、現代の子供たちも毎日の通学ダッシュで足腰を鍛えてほしいものです。

子育てしやすい街はどこ?

ここで、現代の子供たちがどのような環境で育っているのかについて、総務省「住民基本台帳」のデータを基に調べてみました。

まず、日本の総人口に占める子供人口(0~14歳)は12%程度です。100人に12人が子供ということですから、とても少なく感じます。少子社会であることが調査結果に表れていますね。

次に47都道府県・市区町村別の子供人口を見てみたところ、6,800余りの市区町村で全国平均(12%)を超えていました。子供割合が高いということはすなわち「子育てしやすい街」なのではないでしょうか。そして、その中でもとくに高い割合(子供人口率20%以上・100人中20人以上)の町村が5カ所もありました。

・東京都御蔵島村(20%)
・福岡県糟屋郡新宮町(20%)
・鹿児島県鹿児島郡三島村(24%)
・鹿児島県鹿児島郡十島村(21%)
・沖縄県島尻郡南風原町(21%)

東京・御蔵島村は伊豆諸島中部に位置し、「ドルフィンウォッチング」や「ネイチャートレッキング」といったアウトドア・アクティビティのメッカです。

福岡・新宮町は県庁所在地である福岡市に隣接するベッドタウンで、海(新宮海水浴場)と山(立花山)両方のレジャーが楽しめます。

鹿児島・三島村と十島村は東シナ海の島嶼群から成り立ち、温泉や海水浴、キャンプなどが楽しめるスポットが多彩です。

沖縄・南風原町(はえばるちょう)は沖縄本島の中央に位置し、ビーチリゾートをはじめとする沖縄観光の拠点になっています。

これらの町村に共通するのは、行政の子育て支援が手厚いことに加え、大自然に恵まれた住環境に恵まれているということです。現代の子供たちは坂道ではなく、海や山に試練の場を求め日々精進していました。

まとめ

坂の途中や丘の上の土地は、「日々の昇り降りがきつい」「(新築の際に)造成費用がかかる上、設計も複雑」「土砂災害の心配がある」などの理由から、価格査定で1~4割強減価される傾向にあります。

しかしデメリットばかりではなく、日当たりが良く、眺望が拓けるなど良い点もたくさんあります。坂道のある街は、何かと出費の多い子育て中の若いファミリーにとってお買い得な不動産といえます。