東京・名古屋間を最速40分で結ぶ「リニア中央新幹線」計画や、都心から約15km圏域を結ぶ「東京外かく環状道路」計画など、これらの建設工事はいずれも目に見えない地下深層部で進められています。

このような公共事業は公道の地下で行われるのが当たり前と思われてきましたが、近年施行された「大深度法」により私たちの生活環境にも影響が及ぶ事態となりました。

この「大深度法」とはどんな法律なのか?そして工事現場上にある不動産の価値評価はどうなるのか、検証してみたいと思います。

都会の地下は飽和状態?

「大深度地下(だいしんどちか)」とは、「地表から40mより深く、一般的に利用されない地下」と定義されています。

そしてこの大深度地下に該当する土地の公共利用について定められたルールが「大深度法(正式名称:大深度地下の公共的使用に関する特別措置法)」で、2001年から施行されました。

大深度法が施行される前まで、地下インフラ整備が必要な場合は公道の下の土地が活用されてきました。よく知られているのは、上・下水道管、ガス管などのライフラインや、都市の大動脈である地下鉄道網の整備などです。

東京都内では1927年開業の銀座線から2008年開業の副都心線までで合計13路線(都営4路線+東京メトロ9路線)が稼働しています。日本における地下鉄第一号である銀座線は最大深度16mと比較的浅い位置を走っていますが、その後新路線が開通するごとに地下深度は増し、2000年に全線開業した大江戸線に至っては最大深度49mまで潜り込んでいます。

大江戸線は外苑東通りや山手通り、春日通り、清住通りなどの地下を経由して繋がれていますが、その行く手には銀座線、日比谷線、半蔵門線、東西線、丸の内線などの既存路線が次々と立ち塞がるため、それらをジェットコースターのように掻い潜りながら掘削工事が進められました。

大江戸線の後には明治通りの地下を走る副都心線も開通しましたが、もはやこれが限界、都会の地下は飽和状態に達しています。

「大深度法」の誕生

公道利用が限界となれば、あとは民間宅地の地下に頼るしかありません。そうなると複数の土地所有者に対して莫大な額の地上権設定料を支払うことになります。

その出費を回避するために公道地下を利用してきたわけですが、今後どのように地下インフラ整備を進めていけば良いのか、政府内で話し合いが重ねられました。その結果、編み出された打開策が大深度法です。

同法は、「一般的に利用されない地下」を、公共利用であれば土地所有者に許可を得なくても有効活用できると定めたものです。要するに、道路・河川・鉄道・電気通信・電気・ガス・上下水道等の公共の利益となる事業であれば、土地所有者の許可なく地下利用ができ、かつ土地所有者に補償をしなくても利用することが認められるという、政府にとって都合の良い内容になっています。

深さの定義については以下のように説明されています。

・地下室の建設のための利用が通常行われない深さ(地下40m以深)
・建築物の基礎の設置のための利用が通常行われない深さ(支持地盤上面から10m以深)

上記の通り、地下40mより深い、またはマンションやビルなどの地上に建つ建造物の基礎を支える地盤より10m深い空間が大深度地下に該当するということです。このルールの対象となる地域は、三大都市圏(首都圏、近畿圏、中部圏)の人口集中度等を勘案して政令で定められます。

市民の生活を脅かす事故も

法施行からすでに20年余りが経過していますが、多くの一般市民は大深度法に護られた公共事業が水面下(地面下)で進行していることを知らずに過ごしてきました。そしてある日、その隠密行動があからさまになる事故が起きます。

<東京外かく環状道路 地表陥没事故>

2020年10月、多くの市民が穏やかに休息する日曜の昼下がりに事故は起きました。東京都調布市内の住宅前に突然、大きさ5m×2.5mの大きな穴が開いたのです。調査の結果、その原因は東京外かく環状道路の本線トンネル工事によるものとわかりました。

▼陥没発生の原因(工事発注元プレスリリースより)

夜間の停止中に削った土と添加材が分離し、下部に土砂がたまり、土が締め固まってしまった。翌朝、カッターが回らなくなってしまった。回らなくなったカッターを回すため、特別な作業を行った時に、地山の土が過剰に入り込んでしまい、その後の掘進において、土を取り込みすぎた。シールドマシン上部にゆるみが発生。上方に煙突状に伝わり陥没・空洞が発生。

工事担当者は、掘進停止中も土の締め固まりを生じさせないことと、取り込んだ土の量を丁寧に把握するよう心がけ、再発防止に努めるとしています。

<リニア中央新幹線 トンネル工事死傷事故>

2021年10月の宵の口、岐阜県中津川市内の中央新幹線・瀬戸トンネル新設工事現場で、切羽の肌落ち(掘削最先端の岩石落下)等が発生し、トンネル内で作業をしていた作業員1名が死亡し、1名が重傷を負いました。

岩石の落下は2度に渡って起こり、1度目の落下で死亡した作業員が転倒、それを救出しようとしたもう一人の作業員が2度目の落下に巻き込まれ負傷したものです。現場には死傷者2人を含め合計5人の作業員がいましたが、残りの3人にケガはありませんでした。

▼落下事故の原因(工事発注元プレスリリースより)

露出した地山(掘削前の地盤)から浮石が肌落ち(岩石落下)しやすい発破直後の残薬(火薬の残り)有無点検中に起きたもの。作業員がずい道(トンネル)等の掘削等作業主任者からの指示がない中で、立入禁止範囲に入ってズリ山(掘削した岩石の集積場)を登ったこと、立入禁止範囲に作業員が入ったにもかかわらず、切羽(掘削最先端)監視責任者による常時監視がなされていなかったこと。また、残薬有無点検の際の切羽監視責任者の配置や常時監視について具体的な指示や作業手順書への明確な記載がなされてなかったこと。

工事担当者は、火薬残薬の確認など緊急を要する点検の必要があっても、作業主任者の指示があるまで作業員を立入禁止範囲内に立入らせないこと、やむを得ず作業員が立入禁止範囲に立ち入る場合は、切羽の浮石を十分に落とし、残薬付近を除き、吹付けコンクリートを施工するなどし、事故の再発防止に努めるとしています。

大深度法についての重要事項説明義務は?

大深度法の対象となる地下空間は、地上の土地所有者が利用したくでも容易に利用できる場所ではありません。そこに鉄道やライフラインが通されても土地所有者に直接的な不利益はないとされ、一般的な不動産評価にも地下にかかわる指標は取り入れられていません。

しかし、それらの新設工事に伴う騒音や振動、建物が壊れたり地面が陥没する事故発生の可能性はあります。万が一、売買契約予定の土地が大深度法の認可を受けた公共工事の対象エリア内にある場合は、たとえ重要事項説明すべき法令上の制限に含まれていないとしても、仲介を行う不動産業者は情報を把握できる範囲で説明を行う必要があると考えます。

ちなみに、リニア中央新幹線のルート詳細図(縮尺1/1,000)はインターネット上で簡単に閲覧・ダウンロードすることができます。積極的に調べれば入手出来ない情報はありません。

まとめ

東京都内の公道地下スペースは鉄道網や上下水道などのライフラインが複雑に入り組み、今や飽和状態に達しているため、民間宅地の地下を公共事業に活用できる「大深度法」が施行されました。

しかし、近年になり大深度地下工事が原因となった住宅地の陥没事故や工事現場での死傷事故なども相次いでいます。大深度法に関わる土地の売買取引を行う際は、最新情報をしっかりと把握した上で契約に臨む必要があります。