建築基準法の厳しいルールに縛られて、理想とする建物デザインが実現できないという設計士の嘆きを時折耳にします。

たとえば「斜線制限」というルールでは建物の形状や高さが制限されるため、思うように部屋数が取れなかったり、部屋数は増やせても天井の低い屋根裏のような部屋しか造れないといいます。

これらの悩みを解決するひとつの方法として「天空率」を採り入れるという手段があります。

理想の建物デザインを叶える天空率とは何か? どのようにして厳しいルールをクリアしていくのか? 専門用語に片寄らず、できるだけわかりやすい表現に置き換えて解説します。

まずは「斜線制限」について知る

顧客から「天空率」について聞かれて即答できる不動産業者はどれくらいいるでしょう?

ハウスメーカーやマンションデベロッパーなら話は別ですが、賃貸・売買の仲介をメインとする不動産業者にとって普段あまり縁のないワードです。しかし、今後マイホームや投資物件の新築を予定しているならば、事前に理解しておくべき建築用語になります。

まず、天空率の基礎となる建築基準法上のルール「斜線制限」について説明します。これは不動産取引上の重要事項説明にも記載されていることがあるので、不動産業者はもちろん不動産オーナーにも周知の内容と思いますが、念のためおさらいします。

昭和25年(1950年)、建築物の敷地・構造・設備・用途に関する最低基準を定めた「建築基準法」が施行されました。やがて日本経済は高度成長期に入り、都市部を中心に高層建物が乱立しはじめます。

高層建物に近接する低層住宅街の日差しは遮られ、日照権問題なども取り沙汰されるようになってきたため、政府は低層住宅街の日照・通風・採光性を確保する「斜線規制」を制定したのです。

斜線規制とは読んで字のごとく“四角い建物を斜めに切り取る”設計規制です。街中で上層階が斜め鋭角にカットされたようなデザインのビルをよく見かけると思います。それらが斜線規制がかかった建物です。斜線規制には「道路斜線制限」「隣地斜線制限」「北側斜線制限」の3種類があります。

道路斜線制限

新築建物と道路を挟んで向かい合う敷地とその道路上の日照・通風・採光を確保するため、道路を挟んで向かい合う敷地の境界線から一定の角度(住居系用途地域では1:1.25、商業系・工業系用途地域では1:1.5の直角三角形でつくられる角度)で引かれた斜線の内側が新築建物の高さの上限になります。

隣地斜線制限

新築建物に隣接する敷地の日照・通風・採光を確保するため、隣接敷地の境界線上から一定の高さ(第1種低層住居専用地域、第2種低層住居専用地域、田園住居地域を除く住居系用途地域では隣地境界線上20mの高さから1mにつき1.25m、商業系・工業系用途地域では隣地境界線上31mの高さから1mにつき2.50m)を基準とし、そこから一定の勾配で引かれた斜線の内側が新築建物の高さの上限になります。

第1種低層住居専用地域、第2種低層住居専用地域、田園住居地域には絶対高さの制限があるため適用外となります。

北側斜線制限

新築建物の北側隣地の日照悪化を回避するため、北側の敷地境界線上一定の高さ(第1種低層住居専用地域、第2種低層住居専用地域、田園住居地域では5m、第1種中高層住居専用地域、第2種中高層住居専用地域では10m)から上がる斜線(1mにつき1.25m)の内側に建築物を納めるよう規制されます。ただし、住居専用地域以外の用途地域と日影規制の対象地域は適用外です。

以上が3種類の斜線規制の一般的解釈ですが、文章の説明だけではわかりづらいかと思います。頭の中に直角三角形をイメージしていただき、一辺一辺にそれぞれの比率や数値を当てはめてみて、そこにできた斜線を上空方向へ伸ばし、その線に沿って建物を切り取るのが斜線規制の基本的な考え方です。立体に置き換えれば、四角柱(建物)から三角柱(斜線規制箇所)を切り出すような形です。

斜線制限がかかると、上階へ行くほど住戸面積が狭くなり、加えて最上階住戸の天井は傾斜させるしかないため屋根裏部屋のようになります。外観を眺めても斜めカットの画一的なデザインで個性が感じられません。何か設計の自由度を上げる手段はないものでしょうか?

空を広く捉える「天空率」の登場

新風が吹いたのは2003年、建築基準法の改正により斜線制限の適用除外制度として「天空率」という新基準が加わったのです。天空率の導入によって斜線制限エリアの設計自由度は劇的に向上しました。

天空率を採用した設計の場合、従来の斜線制限に基づく設計より階高を高くでき、最上階の天井(建物の屋上部分)を平坦に仕上げることもできるのです。ただし、天空率を採用するには条件があります。

それは従来の斜線制限に基づく設計と同等、またはそれ以上の日照・通風・採光を確保できる設計に仕上げることです。日照・通風・採光の確保率=天空率であり、天空率は以下の計算式で算出することができます。

天空率=(As-Ab)÷As

「As」は地上に描かれた円(魚眼レンズのような半球)、「Ab」はAs上にかかる建物の影(投影)になります。この計算式は建物の影が円の中にかかっていない部分、すなわち地上から建物を見上げた時に空が抜けて見える部分の面積を導き出すものです。

「空が見える面積が広い=天空率が大きい」ということは「地上部の日照・通風・採光が確保されている」ということになり、この数値が従来の斜線制限に基づく設計から得られた面積割合と同等、またはより大きければ天空率を採用しても良いことになっているのです。

天空率による設計プランの変化

天空率を採用した建築物は、東京都港区のファッションビル「Ao(アオ)」や、グッドデザイン賞を受賞した千代田区のエンターテインメントビル「神保町シアタービル」などが知られています。

前者は階層が高くなるにつれて床面積が緩やかに大きくなっていくデザイン、後者は三角形の巨大な鉄壁を無造作に組み合わせたデザインで、天空率の優位性を存分に活用した造りとなっています。

天空率による設計が認められたことにより、建物上部を斜めにカットするだけのデザインから、まるで子供が積み木で遊ぶように自由で伸びやかな建物設計が可能となったのです。しかし、形状が複雑になればなるほど設計プランは複雑になっていきます。どこまで理想を追求し叶えていくかは設計士の力量次第になります。

まとめ

高層建物の足元にある低層住宅街の日照・通風・採光性を確保するため、建築基準法には「斜線規制」というルールが盛り込まれています。しかし、斜線制限に基づいた設計ではデザインが画一的であり、階高も低く抑えられてしまうため、2003年の法改正で「天空率」という新基準が導入されることになりました。

斜線制限に基づいた建物設計と比べて空が見える面積が同じ程度またはより広ければ、天空率による設計で建物を造ることができます。

天空率の導入は、大手デベロッパーが都市開発を容易にするため政府と共に準備を進めてきたものです。天空率によって設計の自由度は増しましたが、歴史ある街並みが残る都心部では「街の風情が高層ビルに壊される」と地元商店会から受け入れられず、予定していたデザインで建てられなかった事例も発生しています。

このような動きは乱開発を避けたい他地域へ波及し、天空率をクリアしたものの地域独自の「高さ制限」に阻まれてしまうケースも増えています。高層建物は今後、既存の街並みとの調和や融合も鑑みながら設計プランを立てていく必要がありそうです。