今、歴史ある商店街や人情味溢れる屋台街が存亡の危機に瀕しています。

東京オリンピック・パラリンピック閉幕以降も続く市街地整備事業の影響で、公道上にある“不法占拠”店舗の一掃がはじまったのです。

これらの商店街や屋台街に生き残り策はあるのか? またこのような不法占拠が長きにわたり黙認されてきた背景には何があるのかについて考察します。

浅草の商店街がザワついている

昨年12月、台東区が浅草・伝法院通りにある商店会を相手取り裁判を起こしたというニュースが世間を騒がせました。これは、区が商店会側に対し、「公道上での店舗営業は不法占拠に当たる」として立ち退きを求めたものです。

伝法院通りは東京メトロ銀座線「浅草」駅から北へ徒歩5分ほどに位置し、浅草寺の本坊である伝法院の門前を通ることからこの名が付いたといわれます。通り沿いには複数の商店会がありますが、今回訴えられたのはその中の一つ「浅草伝法院通り商栄会」です。

刀剣、下駄、和紙絵など江戸風情溢れる32店舗の土産店が整然と建ち並び、いずれの店舗も鉄筋造など堅牢に造られているのですが、それらが建っているのは台東区が所有・管理する「公道」の上なのです。商店会は1970年代、戦争直後に建てられたバラック店舗の取り壊しを受けて現在地へ移転してきました。

商店会は「伝法院通りへの店舗移築については当時の台東区長から許可を得て行った」と主張します。それに対し区側は、「区長や担当窓口は代替わりしているし、許可を記した資料も存在しない」と反論しています。

移転から40年以上平穏に営業を続けてきたというのに、なぜ今頃になって立ち退きを求められるのか? と商店会は困惑しています。

九州・福岡のソウルフード街にも危機が

九州・福岡市内には魅力的な屋台街がたくさんあります。その中でも特に人気が高いのは、博多区・中央区にまたがる「中州」エリアの屋台街ではないでしょうか。

福岡名物のもつ鍋や長浜ラーメン、一口餃子など、ここでしか食べられないグルメを供する屋台街は九州屈指の観光スポットになっています。過去、この地にも立ち退きの波が及んだことがありました。

中州屋台街も浅草と同様、長年公道を占拠して営業を続けてきた店舗がほとんどです。そのような状況を鑑みて1995年当時の福岡県警本部長が「今後、屋台営業の新規参入は認めない。現在ある店舗も一代限りで店じまいさせる」という方針を表明したのです。

その影響で、当時200軒以上あった屋台の総数は2010年に約150軒、2018年には100軒余りと徐々に減少していき、それに伴い観光客の足も遠退いていきました。

不法占拠に対する政府の対策は

自治体が商店街や屋台を立ち退かせる第一の目的は、不法占拠のせいで滞っている街のインフラ整備を進めるためです。これらは地域経済の活性化のため必要な事業かもしれませんが、それによって昭和風情が残る抒情的な街並みや、唯一無二の味を提供する店舗の歴史に終止符が打たれるのは寂しいことです。

とはいっても、公道上に建物を造り独占することは明らかに違法です。不法占拠は周囲の交通に支障を来たしますし、何より真面目に家賃を払って営業している近隣店舗にとって気分の良いものではありません。

このような公共空間の不法占拠(不法占用)に対し、政府では以下のような対策を行っています。

・簡易除却制度

はり紙、はり札、広告旗、立看板といった屋外広告物などについて、道路管理者が委任を受けて除却を実施する。

・不当利得返還請求

はみ出し自動販売機などについて、訴訟手続等により、不法占用期間にかかる占用料相当額を請求する。

・行政代執行

突出看板や日除け等の固着した不法占用物件などについて、行政指導を実施し、従わない場合には監督処分を実施。履行がない場合に行政代執行による除却を実施する。

上記のような不法占用行為に対して、罰則として1年以下の懲役、または50万円以下の罰金が科されます。

登記を備えれば立ち退きは免れる?

ところで、不動産所有には「取得時効」というルールがあります。それは、真の不動産所有者ではないものの、10年間“所有の意志”をもってその不動産を占有し続け、10年目以降に登記を備えれば、真の所有者として認められるというものです。

具体的に説明しますと、祖父・祖母の代から暮らす実家が実際は借地であったものの、祖父・祖母の死後、そのことを知らなかった子や孫が実家を相続して不動産所有権登記をしてしまえば、祖父・祖母に土地を貸していた大家(=真の所有者)から土地の所有権を奪うことができるというものです。

真の所有者が注意しなければいけないのは、先祖(故人)の代から他人に貸し続けている不動産です。先祖が借主と口約束のみで貸借していた場合、契約内容は当事者同士の記憶に頼るしかありません。貸主が死亡し、借主も貸借について相続人に伝えないまま死亡してしまうと、相続人の取得時効が成立する可能性があります。

先祖名義から真の所有者への移転登記済みなら心配ありませんが、印紙税や司法書士手数料を惜しんで未登記のまま放置していると、所有権が宙に浮いた(この世に生存する誰の所有でもない)状態になります。その隙に故借主の相続人(10年以上の占有者)に登記されてしまうと、所有権が奪われる危険性があるのです。

前述の浅草・伝法院通りの事例で、台東区が商店会との間で土地に関わる契約等を交わした記録はないと言うならば、商店会は所有の意思を持って40年以上土地の占有を続けてきたわけですから、ここに取得時効が成立します。もしその土地が公道として登記されていなかったら、商店会は登記を備えることにより立ち退きを免れたかもしれません。

屋台街は貴重な観光資源

不法占拠店舗の立ち退きにより、江戸情緒漂う伝法院通りの活気や、食べ歩きが楽しい中州の賑わいは消滅してしまいます。こういった観光資源を失うことは自治体経営に少なからず影響するようです。

2011年、福岡市長は「屋台のあり方を検討したい」と、中州をはじめとする屋台の存続を示唆する表明をしました。やはり福岡観光の目玉は「屋台街の賑わい」であるとして、市は屋台を主軸とした街づくりにシフト転換したのです。

屋台営業を継続していくには地域との共生が必要と、周辺住民から意識調査を行いながら、2013年には屋台に関する日本初の条例「福岡市屋台基本条例」を制定するに至りました。消滅の危機にあった屋台街は、自治体側の方針転換によって救われたのです。

一方、浅草の立ち退き問題は裁判がはじまったばかりです。浅草伝法院通り商栄会は国際観光都市・浅草の繁栄に一役買ってきた商店街であり、地域においてなくてはならない観光資源であることに違いありません。

判決には福岡市の事例も参考にされるのではないでしょうか。今後の展開に注目したいところです。

まとめ

東京オリンピック・パラリンピック開催の影響もあり、全国各地で市街地開発の活性化が見受けられます。地域のインフラ整備のためとはいえ、昔ながらの商店街や屋台街など、観光客から親しまれてきた街の風景が消えていくことは悲しいことです。

しかし、その多くが公道の不法占拠であることは明らかなため、立ち退き要請を止めることは困難です。これら違法性の高い商店街や屋台街の存続は難しいものの、一部の地域では再評価する動きもあります。

周辺住民の理解を得ながら、歴史ある街並みを温存し、それを観光資源として活用していくことが、永続的な地域の発展につながるのではないかと思います。