不動産投資における節税の近道は「法人化」といわれますが、「法人設立にはそれなりの経費がかかるし、税金も個人より高くなるのでは?」と思われがちです。しかし実はそんなこともなく、諸条件が揃えば法人化した方が節税できるものなのです。

そこで、不動産投資を行う個人事業主が法人化するタイミングはいつなのか、そして多くの不動産投資家が実践している「1棟1法人スキーム」とは何かについても解説します。

個人事業主として不動産投資をスタート。でも…

不動産投資の先輩などから教示された人であれば話は別ですが、不動産投資の初心者がいきなり「法人を立ち上げよう!」と思い立つケースは少ないでしょう。ましてや企業に勤めるサラリーマンであれば、不動産投資を行うこと自体が勤務先の就業規定(副業禁止)に抵触する場合があるため、自分名義の法人設立にはリスクが伴います。

最近では副業を推奨する企業も出てきましたが、まだまだ大手を振って副業に勤しめる風潮ではありません。サラリーマン投資家の多くは未だ水面下でささやかに不動産投資を続けています。

しかし、いつまでもささやかな賃貸経営では面白くありません。最初に取得した投資物件の経営が軌道に乗れば、2次投資へと進みたくなるものです。そもそもサラリーマン投資家の場合、不動産投資を「赤字」にすることで給与所得にかかる税金を減らすというのが目的のため、2次投資で新たな物件を購入することも赤字経営を維持するためには必要なことです。

しかし初期投資(購入物件の減価償却や原状回復リフォーム費の経費計上)期間が終わってしまえば、その後は家賃収入分が丸々収益となり「黒字」に転じてしまいます。そして新たな物件購入…と雪だるま式に投資規模が大きくなっていくと、必然的に納税額は高額になります。

しかも、サラリーマン投資家の多くが個人事業主であり、高額所得者であればあるほど、法人よりも高い税率で所得税を徴収されてしまうのです。

一定の所得以上になると、個人事業主の課税率は法人への課税率を大幅に上回ります。今回は不動産売買にかかる税金や住民税、個人事業税等は考慮せず、所得税と法人税のみに焦点を絞って比較・考察してみました。

所得税と法人税、税率・納税額の違いは?

では、個人事業主(サラリーマン投資家など)にかかる納税額と法人にかかる納税額はどのくらい違うのでしょうか? 個人事業主の場合、年間所得に課税されるのは「所得税」で、法人の場合は「法人税」です。まずはそれぞれの税率を見比べてみましょう。

個人事業主にかかる「所得税」の税率(サラリーマン投資家などの場合)

・1,000円から194万9,000円まで:5%(控除額0円)
・195万円から329万9,000円まで:10%(控除額9万7,500円)
・330万円から694万9,000円まで:20%(控除額42万7,500円)
・695万円から899万9,000円まで:23%(控除額63万6,000円)
・900万円から1,799万9,000円まで:33%(控除額153万6,000円)
・1,800万円から3,999万9,000円まで:40%(控除額279万6,000円)
・4,000万円以上:45%(控除額479万6,000円)

法人にかかる「法人税」の税率(資本金1億円以下の普通法人の場合)

800万円以下の部分:15%
800万円超の部分:23.20%

次に、年間所得ごとの納税額を比較してみましょう。

・年間所得700万円
個人:約97万円(700万円×税率23%-控除額63万6,000円)
法人:約105万円(700万円×税率15%)

・年間所得900万円
個人:約143万円(900万円×税率33%-控除額153万6,000円)
法人:約143万円(800万円×税率15%+100万円×税率23.20%)

・年間所得1,000万円
個人:約176万円(1,000万円×税率33%-控除額153万6,000円)
法人:約166万円(800万円×税率15%+200万円×税率23.20%)

・年間所得1,800万円
個人:約440万円(1,800万円×税率40%-控除額279万6,000円)
法人:約352万円(800万円×税率15%+1,000万円×税率23.20%)

・年間所得4,000万円
個人:約1,320万円(4,000万円×税率45%-控除額479万6,000円)
法人:約862万円(800万円×税率15%+3,200万円×税率23.20%)

個人事業主にかかる所得税は所得が高くなるに従って税率も上がり、その上限は45%です。一方、法人にかかる法人税の税率上限は23.20%で、所得税と比較するとかなり低いです。

しかし、所得税には「控除額」があり、税率が高くても法人税とほぼ同じくらいの水準に収まるよう金額調整されることが上記の計算式を見るとわかります。ただその均整が保たれるのは年間所得900万円程度までで、個人事業主がこれ以上の収益を上げてしまうと税率がどんどん上がっていってしまい、納税額はもはや法人との比ではありません。

「所得が毎年700万円前後で安定している」というのなら個人事業主のままで良いかもしれませんが、それでも所有物件の初期投資期間が終わり、新たな物件の購入もしなかった年度は100~200万円程度の増益になる可能性があるので注意が必要です。

法人化のターニングポイントは?

個人事業主が法人を設立するタイミング、すなわち「法人化のターニングポイント」はいつなのでしょうか。

前述の納税額比較を見る限りでは、年間所得が概ね900万円を超えたらすぐに法人化の準備をはじめ、次年度の確定申告前までに設立すべきと考えます。また、個人事業主であっても年間所得が1,000万円を超えた場合は消費税の課税対象事業者になります。

店舗・事務所、駐車場など事業用賃貸物件の家賃収入は消費税の課税対象となるため、そういった物件を所有する個人事業主なら年間所得1,000万円超えのタイミングもひとつのターニングポイントになり得るかもしれません。

1戸の区分マンションで投資に成功し、さらにもう1戸、もう1棟と複数の投資用不動産を所有するようになると、自ずと不動産所得も増えてきます。このように投資規模が大きくなったタイミングも法人化のターニングポイントといえます。

そこで、複数の物件を持つ不動産投資家が取り組む「1棟1法人スキーム」について説明します。

これは、1棟の投資用アパート・マンションを購入するごとに新たな法人を立ち上げ、法人税の節税を試みる手法です。具体的な例で説明しますと、既存法人の年間所得が800万円を超えており、同法人名義で新たに物件を購入しても税率が上がるのが確実な場合、新たに別法人を設立してその名義で新規物件を購入し、所得を分散するというやり方です。

この他にも1棟1法人スキームを利用した裏ワザがあります。たとえば、既存法人名義で金融機関Aから融資限度額いっぱいの借り入れをしている場合、新たに設立した法人名で金融機関Bに借り入れを申し込むとスムーズに融資が引ける場合があります。

しかしこれはすでにオーバーローンである実情を隠ぺいする虚偽に当たるため、金融機関側も新設法人の融資審査にはより厳しく目を光らせています。

法人化する際の注意事項

不動産経営を法人化することによって経費計上できる範囲が広がり、損失の繰越期間も長くなるなどさまざまなメリットがあります。しかし、以下のようなデメリットもあります。

・法人設立には設立登記手数料、会社印鑑作成など10~30万円程度の費用がかかる
・法人設立後は赤字年度であっても均等割の法人住民税を支払う義務が発生する。
・所有不動産の名義を個人から法人へ変更する登記手続き(費用)が必要になる。

これら法人化のメリット・デメリットを把握した上で、「自分にとって有益」と思える方向性を見極めていくことが賢明です。

まとめ

今回は個人事業主にかかる所得税と、法人にかかる法人税の比較から、個人事業主が法人化するターニングポイントについて検証してみました。実際に法人化するとなると、納税額のみならず、法人設立や所有不動産の登記名義変更にかかる諸費用なども考慮しなければなりません。

さらには「株式会社」にするか、「合同会社」にするかの選択如何によっても手続き・費用は異なります。年間所得900万円到達にこだわらず、できるだけ早い時期に余裕を持って準備することをお勧めします。