2021年春、国土交通省から「不動産の売買取引における重要事項説明書等の書面の電子化に係る社会実験を開始する」旨のアナウンスがありました。それを受けて、大手不動産会社も物件の案内から引き渡しまでの一連業務をオンライン化する様子です。

果たして、不動産取引はどこまで非対面化・電子化が可能なのか?

具体的なシミュレーションを基に、そのメリットとデメリットについて検証します。

「重説」のオンライン化が解禁に

賃貸・売買を問わず、不動産契約上もっとも重要とされているのが、その名の通り「重要事項説明(重説)」です。

重説にはその物件特有の情報が網羅されているので、不動産を借りたり買ったりする場合はしっかり目を通しておかなければいけない書類です。重説記載内容については宅建士が契約者に対し直接口頭で説明するルールになっていますが、その際に説明不足や記載漏れがあると後々トラブルとなり、最悪は裁判へ発展してしまうケースもあります。

政府もその点を憂慮して、「重説は宅建士と契約者とが相対で行う」というスタンスを頑なに守って来ました。それなのになぜオンライン化に踏み切ることになったのでしょう?

不動産取引にエリアの制限はなく、沖縄県所在の物件を北海道在住者が借りたり買ったりするような遠距離取引は多々あります。とくに中堅サラリーマンは急に転勤辞令が出ることもあり、部屋の内見をせず入居申込みを入れ、引越し当日に重説を受けて契約を結ぶことなど日常茶飯事です。

そのため入居してから「えっ、洗濯機置場ないの?」「収納スペースが狭過ぎた…」といった想定外の窮地に立たされることもしばしば。これらの事態はすべて「重説は相対で」というきつい縛りがあったからこそ起きたといっても過言ではありません。

そういった理由から、不動産業界は重説のオンライン化を切に訴えてきました。そして昨今のコロナ禍が後押しとなり、不動産取引のIT化が急速に進められることとなったのです。

賃貸取引についてはすでに実証済み

不動産業界が切望したオンライン重説がいよいよ解禁になったとはいえ、相対で説明してもトラブルが発生しているのに、オンラインになったらさらにリスクが高まるのでは? と心配になりますが、その点はお上のやること、慎重に準備が進められています。

不動産取引のオンライン化に際し、国交省では2015年夏から賃貸借契約に関わるオンライン重説の社会実験をスタートさせ、2年後の2017年秋には本格運用に漕ぎつけています。要するに、賃貸に関してはすでに6年の実績が出来ていたわけです。オンラインによる賃貸借契約の一般的なフローは以下の➀~⑤の通りです。

➀オンライン環境を確認する

まず、不動産会社と入居契約者間で「Zoom」などのビデオ会議ツールがつながるかどうか確認する予行演習をします。画像だけでなく、音声に途切れがないかなども念入りにチェックします。
※レアケースかもしれませんが、この段階で契約者がパソコンやスマートフォンを所有していないとなるとオンライン重説は実行できません。

②契約書類一式を契約者へ郵送する

オンライン重説に先立ち、重要事項説明書、賃貸借契約書など契約書類一式を契約者宛に郵送します。重説の実施日時は、これらの書類が契約者の手元に届いたことを確認してから決定します。

③オンライン重説の実施

実施日時になったら、宅建士と契約者はお互いにビデオ会議ツールを接続します。宅建士は相対での重説と同様に宅建士証をカメラに向かって提示し、契約者が宅建士証にある顔写真や所属会社情報等を確認した後、重説を開始します。

④署名・捺印後、書類返送

オンライン重説が終了し、宅建士が説明する内容について了承した契約者は、重説・賃貸借契約書などの必要箇所に署名・捺印を行い、重説を行った宅建士が所属する不動産会社宛てに契約書類一式を郵送します。

⑤入居開始(引渡し)

入居開始日、契約者は現地で不動産会社の担当者から鍵を受け取り、物件の引渡しは終了です。

前述の通り、これまでは不動産会社が契約者へ紙ベースの契約書類一式を郵送し、書類到着が確認出来次第、ビデオ会議ツールを利用して重説を行うというものでした。これが新たに、データ化した契約書類をメール等で送付し、パソコンやスマートフォンの画面で閲覧しながら重説を行う形へと移行する準備(社会実験)が始まったのです。

売買取引においても、2019年秋から開始されたオンライン重説の社会実験を経て、先行する賃貸に何とか追い付いた状況です。これで賃貸・売買とも足並みが揃い、各種書類のデータ化を含めた重説・契約の完全IT化に向けて邁進していくことになります。

社会実験への参加は「登録制」

不動産取引の完全IT化が進んでいるからといって、すべての不動産会社がオンライン重説を実施できる訳ではありません。

実施を希望する不動産会社は、国交省のサイト上で社会実験参加登録を行う必要があります。そして登録以降にオンライン重説を行う際は、通常の遂行業務のほか、以下のような責務を果たさなければなりません。

・契約書類一式(紙ベース)を契約者側へ事前に送付
・契約書類一式の電子書面(データ)を契約者側へ事前に送信
・オンライン重説に関する契約者の承諾を得る(同意書への署名・捺印)
・契約者側のIT環境を確認
・重説の実施中、その内容を録画・録音する
・重説後は、国交省等管轄機関への実施報告と資料提供、ヒアリング等に協力する

不動産会社側は結構大変です。社会実験段階だからということもありますが、契約書類は紙とデータの両方とも送り、重説風景は録画しなければならず、お上への情報提供とヒアリングやアンケートへの回答までさせられることになります。

そして「オンライン重説に関する契約者の承諾」も曲者です。

不動産会社側がIT化を推進したくても、顧客側がパソコン操作に慣れていない、ネット環境がない、オンライン取引に不安があるなどと言って同意しなかったら、重説は旧態依然のスタイルで行うしかありません。

詐欺・犯罪の温床になるリスクも

オンライン重説・契約を行うにあたり懸念されるのは、契約書類の改ざんやなりすましといった詐欺・犯罪の温床になる危険性です。

データ化された書類は、たとえPDF形式で保存して書き換えできないようにしても、ソフトによってはPDFをWordやExcelへ変換可能なものもあるため、書き換え可能な状態に戻すことは簡単にできます。また、スマートフォンで重説を受ける際、画面が小さくて宅建士証の顔が確認できない、逆に宅建士が契約者の顔を確認できないケースも考えられます。

一度も面識がない者同士がオンライン上で本人を確認し合うという危うさも無視できない問題です。だからこそ、それらを検証するために社会実験が必要なのでしょう。

まとめ

売買・賃貸物件の現地案内はもちろん、重説・契約、そして引渡しまで、これまでの不動産取引ではいずれも「現場主義」を貫いてきました。

しかしこれからはオンライン接客をベースとしたIT化が急速に進んでいくことが予想されます。オンライン重説をはじめとする業務のIT化は不動産業界たっての希望であり、それが願う方向へ進んでいくことは喜ばしいことです。

しかし、ネット環境の整備や書類改ざん・なりすましへの防犯体制をいかに確立していくかなど課題も山積しています。そこはIT分野に長けた他業界と連携しながら、1つひとつ解決していくしか方法はありません。