事業用賃貸ビルの入居者募集広告を見ると、「飲食店限定」や「物販店限定」など、業種を限定して募集しているものがたくさんあります。しかしコロナ禍の影響で一部のビルでは空室が目立ち始めており、ビルオーナーは「景況に左右されない、堅実な業種に入居してもらうにはどうしたらいいのか?」と頭を抱えているところです。

今回は、業種を限定して入居させることのメリット・デメリットと、業種限定賃貸における今後の有望株について説明します。

「業種限定賃貸」のメリットとは

「業種を限定してしまうと、確率から考えて入居契約が決まりにくくなるのでは?」と思われるかも知れませんが、そんなことはありません。逆に限定した方が、契約可能性の高いターゲットに絞り込んで入居者募集をかけられますし、入居申込者はすべて同業者ですから、個々の経営能力や収益性を比較しやすく、オーナーはその中でもっとも属性の高い申込者を選んで契約できます。

業種限定賃貸の代表格といえば、これまでは「飲食」「アパレル」「美容院」といったお洒落で華やかな業種ばかりでした。

駅前繁華街の物件は周辺家賃相場より割高でも常に満室状態で、「入居したくてもなかなか空きが出ない」と嘆く店主がたくさんいました。しかし、コロナ禍以降はその常識がガラリと変わったのです。どんなに立地が良くても、レストランやブティックにはもはや高い家賃を払って入居する余力は残っていません。今後、ビルオーナーはどんな業種にオファーを出せばいいのでしょうか?

これからねらうべき有力業種は

業種限定賃貸における新たな注目株はズバリ、以下の3業種です。

①医療系

耳鼻科や皮膚科、心療内科といった利用頻度の高い診療科医院が複数入居する医療系業種限定のクリニックビルに注目が集まっています。市街地であれば駅周辺やオフィス街の中心部、郊外のベッドタウンであれば大型ショッピングセンターの隣接地に建っているケースが目立ちます。クリニックの立地条件は「患者が通いやすい場所」であればよく、都心の一等地である必要はありません。また健康へのニーズは景況に左右されるものでもありません。入居者となるのは社会的信用度の高い医師です。そのクリニックが「街のかかりつけ医」としてのポジションを確立できれば、賃貸借契約は半永久的に安定継続されることになります。

②法曹系

弁護士などの士業従事者に限定して入居させているのが法曹系賃貸ビルです。裁判所や法務局、税務署の近隣に多く、東京都内では虎ノ門や新橋、そして大企業本社が集結する東京駅周辺にも点在しています。いずれも都心一等地のため家賃は国内トップレベルに高額です。

ところで、弁護士の事務所には「法律事務所」と「弁護士法人」の2種類があることをご存じでしょうか。

法律事務所は支店を設けたり別事業が行ったりはできません。一方で、弁護士法人は支店を設けられるだけでなく、本業以外に不動産取引や企業コンサルティングなど、手広く兼業することができます。弁護士法人は、弁護士のほかパラリーガルも複数名在籍するところが多いため、最低でも30坪(約100㎡)以上のスペースが必要になります。一方、法律事務所は弁護士1~3人程度のところがほとんどで、10坪(30㎡)程度あれば業務が可能です。法曹系限定賃貸のターゲットは、弁護士個人、または少数の弁護士のみで営む法律事務所になります。

③教育系

有名小・中・高校受験の指導を行う学習塾を対象とした賃貸ビルもあります。少子化で子供人口は減っているものの、我が子の将来に期待を抱き、教育に潤沢な資金を注ぎ込む親はたくさんおり、名門校合格率が高い有名塾へは入塾志望者が殺到しています。塾側も高い合格率を維持するため入塾テストを行い、「地頭(じあたま=学習能力の基本ベース)」の良い子を選抜します。入塾後は成績順のクラスに分かれて授業を受けることになるのですが、全クラスが1棟のビル内に収まるかといったら、そうはいきません。近隣ビルにも教室は広がり、周辺は子供たちが行き交う「学習塾村」になります。

入塾テストの際、成績が悪かった子は振るい落とされ、ギリギリの成績で入塾した子も、学習についていくことができなければ退塾を迫られることになります。そういった子供たちの受け皿として、学習塾村周辺には競合塾が続々と進出してきます。加えて、有名塾で人気のある講師が独立し、学習塾村近辺で少人数制の個人塾を開業するケースもあります。教育系限定賃貸のターゲットとなるのは、この独立講師が開く「個人塾」です。

業種限定賃貸の事例

業種限定賃貸のターゲットは、医療系なら50㎡台(約15坪)から開業が可能な耳鼻科・皮膚科・心療内科、法曹系なら少人数の法律事務所、教育系なら個別指導メインの個人塾であることは前述の通りです。業種限定賃貸は1棟ビルを所有しないと運用できないイメージが強いですが、実は区分所有できる物件も数多くあります。例えば法曹系限定賃貸の場合は、以下のような売買事例があります。

◆法曹系限定賃貸の売買事例

所在地:港区西新橋
築年数:50年
専有面積:30㎡(約9坪)
月額家賃:18万円
入居条件:法律事務所(公認会計士・税理士・弁理士・司法書士事務所も相談可)
価格:2,400万円

上記の通り、一般的な居住用ワンルームと同等の価格帯で購入することができます。しかも利回りは9%、加えて賃借人は士業限定なのでステイタスが感じられます。このほか、医療系・教育系限定賃貸には以下のような賃貸事例もあります。

◆医療系・教育系限定賃貸事例

所在地:中央区日本橋蛎殻町
築年数:20年
専有面積:50㎡(約15坪)
月額家賃:20万円
入居条件:クリニックまたは学習塾
価格:4,500万円

こちらは築浅物件のため、前述の法曹系限定賃貸より価格(周辺同水準物件の価格相場を坪単価300万円と想定して算出)が高くなり、表面利回りも5.3%と平均的ですが、都心立地であり、テナントも属性の高い医師や学習塾経営者に限定されている物件なので、投資用不動産として高く評価されます。

これまで花形だった飲食・アパレル・美容院限定賃貸に代わって新たな注目株となった医療・法曹・教育系限定賃貸ですが、これらの業種には共通点があります。それは、いずれもテナントが「先生」と呼ばれる職業だということです。先生と呼ばれるからには人の手本になる働き方をしなければいけませんし、自らの仕事に誇りを持って努力し続けるものです。このように向上心溢れるテナントであれば家賃滞納の心配はなく、知名度が浸透したエリアで何度も契約更新してくれることが期待できます。

まとめ

業種限定賃貸の入居者募集を行う場合は、ターゲットに対してピンポイント、かつダイレクトな訴求が必要です。そのためには対象業界に強い不動産仲介会社に依頼するのが賢明です。その他、業界専門誌への広告掲載やSNS広告を活用する方法もあります。

入居者を決定する際は、すでに入居中の同業者と専門ジャンルが被らないよう注意する気配りが必要です。クリニックは診療科目で判断できますが、法律事務所の業務分野は多岐にわたるので、その中でも「企業法務専門」や、「離婚・相続に強い」など、申込段階で得意分野について聴取しておくと判断しやすくなります。

個人塾も同様に、小・中・高のどの段階の受験生が対象なのか、英・数・国など専門教科を絞っているのかなどをあらかじめ聞いてから入居可否の判断をするといいでしょう。