不動産業界用語に「両手」と「片手」という言葉があります。これは売買取引の際の仲介手数料のことを表わしています。顧客には自分の取引が両手なのか片手なのかは明かされず、それによる実害もありません。とはいうものの、この両手取引成立のため実際より安く売られてしまうケースもあるのです。

今回は、不動産売買にかかわる両手取引と片手取引についての解説と、両手取引にしたがる不動産会社の特徴、そういった業者に取引を依頼してしまった場合の対処法について説明します。

不動産会社の主な売上は「仲介手数料」

不動産を売る・買う、または貸す・借りるときには誰もがまず不動産会社を訪ねます。「買いたい」「借りたい」という顧客に対しては営業担当者から希望条件にかなった物件が複数紹介され、その中で気になる物件があれば次は現地見学へと進みます。

見学を終えた段階で顧客が「この物件は買いたくない(借りたくない)」と思ったら営業担当者のビジネスチャンスは消滅します。なぜなら、後日フォローメールを送っても顧客が再来店してくれる確約はありませんし、もしかしたら別の不動産業会社にも声をかけて、そこで契約を決めてしまっているかも知れないからです。

顧客に複数の物件情報を提示し、希望物件の現地案内をし、そんなやり取りを数回繰り返した後、別の不動産会社で契約されてしまう…そんなケースは不動産業務では日常茶飯事です。しかし原則として不動産会社は契約に至るまで報酬の請求はできません。

売主・買主と貸主・借主の仲を取り持ち、契約から物件の引き渡しまでをサポートするのが不動産会社の役割です。不動産会社の営業担当者が顧客と初めて会ってから契約に至るまでにどのくらいの日数がかかるかというと、賃貸契約では1週間から1カ月前後、売買契約は高額取引で慎重になるため、年単位で長引くこともあります。

前述の通り、不動産会社は契約まで仲介手数料を請求できませんので、賃貸で約1カ月間、売買で数年間「無報酬労働」状態になります。そこで、営業に費やした努力をいくらかでも取り戻そうと、仲介手数料の「両手」取りという考え方が生まれるのです。両手があれば「片手」もあり、いずれも業界の隠語のようなものなので、分からない人がいて当然です。

不動産の両手取引とは

不動産売買取引では、物件の売主と買主のいずれもが不動産会社の顧客となります。不動産会社A社の店舗に最初に所有物件を「売りたい」という売主が現れれば、売主がA社の第一顧客になります。その後、店頭やインターネットで売却物件の広告を出し、この広告を見て「買いたい」と連絡してきた買主はA社の第二顧客になります。これら第一と第二の顧客の仲介に入って売買契約を成立させ、めでたく物件の引き渡しまで完了すれば、A社は第一・第二顧客の両方から仲介手数料を受け取ることができます。これを両手(=両方から手数料)取引といいます。

不動産の片手取引とは

不動産会社A社の店舗に物件を「売りたい」と売主(A社の第一顧客)が現れ、A社が各方面で広告営業を行った後、広告を見た不動産会社B社から買主(B社の第一顧客)を紹介された場合、売買契約が成立した際の買主の仲介手数料はB社に支払われるため、A社は第一顧客から仲介手数料を受け取るのみとなります。このように、売主または買主のいずれか片方から仲介手数料を受け取るかたちを片手(=片方から手数料)取引といいます。

両手取引と片手取引の違いを数字に表わしてみます。たとえば、5,000万円の中古マンションの売買契約が成約した場合、それぞれの仲介手数料は以下のようになります。※仲介手数料は、物件価格の3%+6万円(税抜き)で計算します。

・両手取引の場合:(5,000万円×3%+6万円)×2者(売主・買主)=312万円

・片手取引の場合:(5,000万円×3%+6万円)×1者(売主または買主のみ)=156万円

上記のように倍額売上が見込める両手取引は、広告宣伝力があり営業スタッフを多数抱える大手不動産会社で当たり前のように行われており、一部では問題視されています。顧客側は「売主・買主とも平等に仲介手数料を支払うのであれば問題はないのでは?」と思うかも知れません。しかし、そこに落とし穴があるのです。

高く売れるはずの物件が、意図的に安く流される

ある不動産をその所有者が「売りたい」と思い立ち、インターネット広告でよく見る大手不動産会社3社へ物件査定を依頼しました。A社は4,500万円、B社は3,900万円、そしてC社は5,000万円と査定結果に大きく差が出ました。「売るなら高い方がいい」と、所有者は最高値を付けたC社に売却の仲介を依頼することにしました。

C社と所有者は専任媒介契約を交わし、C社は不動産会社限定の物件情報ネットワークである「REINS(レインズ)」へこの物件の売却情報をアップデートします。しかし、いつまで経っても資料請求や現地内見などの問い合わせが入りません。販売開始から1カ月後、不動産業者から所有者に対し「エリア相場と比べて売値が若干高過ぎたようです。ほんの少し値下げしてみますか?」との提案がありました。そこで仕方なく4,700万円に価格変更して販売を再開しました。それでも問い合わせは一向に入りません。

ちなみに、不動産会社との専任媒介契約期間は最長で3カ月です。期限切れのタイミングで別業者へ切り替えることもできます。契約からまもなく3カ月、「そろそろ別業者に相談してみようかな…」と思った矢先、不動産会社から「物件への申込みが入りました!」との連絡が入ったのです。

営業担当者から詳しい話を聞くと、「不動産の買取業者から、購入希望価格4,300万円の取りまとめ依頼書が届きました!」と、その書面を見せられました。最初は5,000万円の査定だったのに、これでは700万円もダウンしてしまいます。この理由について営業担当者は「現在の相場は不安定で、この価格で買手が付いたらラッキーな方ですよ。今後相場価格は下落するかも知れませんし、いまが決め時です」とゴリ押ししてきます。

結果、ほかの不動産会社の査定とさほど変わらない金額になるものの、新たに別業者に依頼し直すのも面倒なので、所有者はこの申込みを受けることにしました。

この事例におけるカラクリを説明します。そもそも不動産会社は、所有者から物件の売却を依頼された時点で「4,300万円で買取業者へ売却」というシナリオを決めていたのです。引き合いがないと分かっていながら、相場より高めの査定額を提示して所有者を引き寄せ、レインズの物件情報を見て問い合わせや購入の打診をしてきたほかの不動産会社に対しては「すでに購入申込みが入っている」と断り続け、無しの礫に所有者が痺れを切らした段階で「買手が現れた!」と朗報を放つのです。

これで成約となれば、不動産会社は売主と買主(買取業者)の両方から仲介手数料を得る「両手取引」が成立するのです。

まとめ

日本では不動産会社による両手取引は容認されています。そして売主・買主が納得して支払うのであれば、両手取引自体に問題はありません。しかし、意図的に両手取引へと誘導するような一部不動産会社の行為には疑問を感じます。

両手取引によって不利になるのは売主だけではありません。買主側も、不動産会社が専任媒介で預かっている不人気物件を強引に売りつけられる可能性があります。このような事態を回避するため、不動産会社に仲介を依頼する際は、一社にしか依頼できない専任媒介契約ではなく、複数社に依頼できる「一般媒介契約」を結ぶことをオススメします。