「外国人向け賃貸」といっても、近年増えている外国人留学生や外国人技能実習生向けではありません。第二次世界大戦後、日本経済が急成長を果たした1970年代から存在する、外資系企業の社員や海外大使館職員のために企画・開発された高級賃貸住宅です。

広い庭と室内、各部屋に備え付けられたバスルーム、そしてメイドルームまである、まるでお城のような造りが特徴の外国人向け賃貸住宅は、約50年の歴史を経た現在、重大なターニングポイントを迎えています。取り壊すべきか、このまま活かすべきか、新たな可能性が模索されているのです。

1970年代から始まった「外国人向け賃貸住宅」の企画・開発

第二次世界大戦以降、日本経済は低迷の一途をたどりました。しかし、日本国民は経済復興への努力を怠らず、1950年に勃発した朝鮮戦争特需が拍車となり、日本は高度経済成長期へと突入します。

時を同じくして、日本政府は「外国人の財産取得による政令」(政令51令)を公布、1ドル=360円の単一為替レートを設定、さらに外国と取引する際のルールや方法を定めた法律「外国為替及び外国貿易法(外為法)」を制定します。このビッグチャンスを逃すまいと、国内利潤率低下に悩んでいた米国企業が積極的に日本市場への投資を始めます。

1950年代にはコカ・コーラ、フィリップス、GEが、さらに1970年代に入るとマクドナルド、インテル、P&Gなどの有名企業が続々と日本に拠点を配置しました。それに伴い、日本国内で働く外国人の数も増えたため、欧米スタイルの住宅ニーズも必然的に高まっていきました。

日本の賃貸住宅もある程度の欧米化が進んでいましたが、リアルな欧米人が求める住宅のスタイルにはまだまだ追いついていませんでした。もっとも欠けていたのは「広さ」です。彼らは、ゲストを招いてパーティが開けるリビング・ダイニングルーム、近隣に気兼ねなくバーベキューが楽しめる広い庭を望んでいたのです。それらを叶える賃貸住宅は当時の日本にはありませんでした。

そこで日本人不動産投資家が立ち上がります。その多くは、都内各所に広大な土地を所有していた地主系オーナーです。彼らは「外国人ビジネスマンのニーズに応えられる住宅を造ろう」と、それぞれに趣向を凝らし、欧米人の暮らしに即した賃貸住宅を企画・開発したのです。

昭和の日本人投資家が造り上げた、外国人向け賃貸住宅のカタチ

そんな賃貸住宅は、延べ床面積は最低でも200㎡以上あり、部屋数は4LDKから5LDKが基本です。リビングルームは100㎡前後の広さを有し、その一角には本格的な暖炉が備えつけられています。ベッドルームは夫婦用、子ども用、そしてゲスト用に分かれ、それぞれにトイレ・バスルームがついています。キッチンやランドリールームの電化製品はすべて備えつけで、それらの修繕義務もオーナーが負います。

冷蔵庫はサイド・バイ・サイド(観音開きドア)の超大型タイプ、昭和には珍しかったドラム式洗濯機、食器洗い乾燥機、ディスポーザー、そしてミートパイやチキンが丸ごと焼けるガスオーブンも標準装備でした。

居室と見紛うほど大きなクローゼット、高さ3m以上あるガラス張りの玄関ホール、2階へと上る階段室は吹き抜けになっており、その天井からはモダンなデザインのシャンデリアが吊られています。さらに異色なものでは、ベッドルーム以外の部屋(地下のホビールームなど)へのジャグジーバスの設置で、欧米人に喜ばれそうなこれらの設備がちりばめられたゴージャスな賃貸住宅は人気を博しました。

そんな「外国人向け賃貸」は、いまもなお都内各地に残っています。当時、水回り以外の床はウールのカーペット敷きがスタンダードでしたが、近年は「50’s style!(1950年代様式で古い)」と嫌われてしまうため、リフォームのタイミングでフローリングに変更されるケースが多いです。

その一方で、犬を飼っている入居者は「フローリングではペットの足が滑るので、カーペットの方が安心」と、オールドスタイルの床が選ばれるケースもあります。単に「ペット飼育OK」だけでなく、ペットの種類・サイズ・頭数に縛りがないところも日本の賃貸市場ではあり得ないルールです。

広い庭には一面に高麗芝が敷かれ、敷地の周囲には塀の替わりに生け垣や中高木が植栽されて「目隠し」となっています。樹木の剪定を含む庭の整備は、オーナーお抱えの庭師が定期的に行ってくれます。最寄り駅から遠くても何の問題もありません。通勤・通学には公共交通機関でなくマイカーを利用するので、駐車場使用料は家賃にインクルードが当たり前です。

専門業者による「エクスクルーシブ」な入居者募集

欧米人が住まいを選ぶ際に最も重視するのは、子どもたちの通学アクセスです。そのため外国人向け賃貸住宅は「六本木」「広尾」「代々木上原」などのインターナショナルスクールがあるエリアに集中して建てられています。スクールに近いエリアには友達もたくさん住んでいるので、子ども同士ばかりでなく、家族ぐるみでも交流できます。そういったニーズもリサーチしたうえで、日本の不動産投資家は土地を買収し、開発してきたのです。

外国人向け賃貸は特殊物件のため、一般の不動産市場には公開されず、空室が出た際は限定されたルートだけに情報が伝達されます。「限定されたルート」とは、都内に20社ほど存在する外国人向け賃貸専門の不動産仲介業者です。その多くが1970年代から外国人向け賃貸住宅の企画・開発を行ってきた不動産投資家の関連会社です。

空室が出たらただちに情報共有し、情報を受け止めた各専門業社が外資系企業や大使館関係者など自らのコネクションを駆使して新たな入居者を探す、というフローです。

お洒落な雰囲気が好まれ、日本企業が施設用にリノベする例も

これまで一戸建てが主流だった外国人向け賃貸ですが、家具・メイドサービス付きマンションや、入居者専用フィットネスクラブ付きタワーマンションなど、専有面積が広く最先端設備を網羅したラグジュアリーマンションに圧され気味です。

一戸建ての多くが1970年代から平成初期に建てられた物件のため、大規模リフォーム、または建て替えが必要な時期に来ています。しかし、古い建物だからといって悪いことばかりではありません。ドアや収納などの建具や金具、大理石などの敷石は海外から輸入した高価なもので、ひとつひとつを眺めてみると調度品のような趣さえ感じられます。

そんなアンティークでお洒落な設えがアパレル系・デザイン系日本企業の間で評判となり、代表者の自宅兼事務所、または事務所兼アトリエとして使われるようになってきました。わが家のようにリラックスできる室内、社員とともにバーベキューを楽しめる庭、各部屋にバスルームを備え宿泊研修にも活用可能な住宅は、外資系企業から日本企業へと、次第にターゲットを変えていきました。

まとめ

外国人向け賃貸住宅の家賃は150㎡前後で月額70万円程度、200㎡前後で月額120万円程度です。坪単価では、1.5万円/坪~1.6万円/坪なので、都内にある一般的な貸事務所と同等ですが、広さがある分グロス賃料は高くなります。

一方、賃貸経営をやめた所有者が物件を手放すケースも増えており、その際は「古家付き土地」として売り出されますから、魅力ある建物を土地価格のみで購入することもできます。

こういった物件の売買情報は一般の不動産業者にも流れますから、ご興味のある方は問い合わせてみるとよいでしょう。