先祖代々受け継いだ東京の自宅の相続税が払い切れず、手放してしまった人は少なくありません。東京オリンピック誘致による不動産高騰を受け、固定資産税額も上昇の一途をたどるいま、一般的なサラリーマンが東京にマイホームを持つことはむずかしいのでしょうか。しかし、くわしく調査してみると、東京23区内でも、価格がリーズナブルで暮らしやすい地域は、まだまだたくさん残っていることがわかります。今回は、東京タワーそばの自宅を売却したご夫婦のお話をヒントに、一般のサラリーマンにも手が届く地域を探ります。

「東京より埼玉が安い」は本当?

――まずはご家族のご紹介をしていただけますでしょうか。

はい、佐藤と申します。私はフリーランスのデザイナーで、夫は都内の家電メーカーに務めるサラリーマンです。私たちは、東京タワーのすぐ近くにある夫の実家で暮らしていましたが、夫の親が亡くなった際、相続税対策のため家を売却することにしました。

この家で生まれ育った夫にとっては人生初の引っ越しでして、できるだけ環境を変えないよう、同じエリアで新たな住まいを購入しようと考えました。一戸建てはムリなので、中古マンションに狙いを絞りました。

――物件を探していかがでした?

まず、近隣のマンション価格相場を調べたんです。そうしたら、坪単価はなんと600万円以上でして…。60㎡のファミリータイプで換算すると1億円を超えてしまいます。昭和築の古いマンションでも坪単価400万円を下りません。

「立地条件によっては新築の方が割安なケースもある」と聞いたので、新築マンションも調べてみましたが、ファミリータイプの分譲は少なく、あったとしてもワンルームや1LDKなどの投資用物件ばかりです。「億ション」は文字通り「夢のマイホーム」ですし。

あまりに高額すぎて購入の決心がつかず、当面の間は賃貸マンションで暮らすことにしました。

――なるほど。賃貸暮らしにご主人はなんと?

夫は生まれてはじめて「家賃」の支払いをしたのですけれど、金額の高さに驚いて、改めて親のありがたみを知ったそうです(笑)。

そこから、定年退職したら埼玉あたりの中古マンションでも買って引っ越そうと考えはじめたみたいなんです。でも私はフリーランスなので定年はないし、なにより、流行の最先端を行く街並みから受ける刺激は仕事の肥やしになるので、できることならずっと東京に住み続けたいんです。

――ご主人にそのお話をなさいましたか?

はい。でも、「いつまでも高い家賃を払うのはバカバカしいでしょ。だからって都内で買おうとしても経済的にムリだし。埼玉あたりがちょうどイイんだよ」っていうんです。

でも、埼玉ってそんなに安く買えますか? 埼玉だけじゃなく、神奈川や千葉だって、東京の半額まで安くはならないですよね。主人の言葉にちょっとイラっとしてしまって…。

「都心3区」はやっぱり高い! でも、東京23区すべてが高いワケじゃない

では、ご主人の言葉にイライラを募らせた奥さまのお気持ちを受け、一都三県の中古マンション価格相場を調べてみましょう。まずは港区、千代田区、中央区からです。

●東京都港区:1億3,154万円

港区は当然のごとく「億越え」。平均㎡数は85.6㎡なので、坪単価換算すると508万円/坪。芝浦・海岸エリアのタワーマンションより、赤坂・青山エリアなど内陸・高台のマンションに人気が集中しており、坪単価もより高額に。坪単価の最高値は1084万円/坪。

●東京都千代田区:1億4,086万円

千代田区は港区のさらに上を行く1億4086万円。千代田区内の販売物件数は少なく希少価値があるため、築30年以上の物件でも売りに出ればすぐに契約が決まってしまう。とくに麹町・九段エリアには人気の小中高校が林立しているので、教育熱心なファミリー層の支持は絶大。

●東京都中央区:8,076万円

上記の2区とくらべると「安さ」を感じてしまうが、冷静になれば、やはりものすごく高い。銀座エリアではなく、取引事例の大半が月島・勝どきエリアの新興住宅地域のもの。ここ数年で大量に分譲された築浅タワーマンションの転売がはじまっており、少し前まではアジア系の投資家が買い占めていたが、最近は日本人も戻りつつある。

しかし、東京23区のすべてが高額というわけではありません。

●東京都墨田区:4,210万円
●東京都江東区:4,547万円
●東京都葛飾区:3,159万円

東京スカイツリーを有する墨田区や、観光スポット満載のお台場・豊洲エリアがある江東区は、意外なことに4,000万円台で収まります。さらに、立石・柴又エリアなど下町情緒豊かな街並みが魅力の葛飾区に至っては3,000万円台で購入できます。

そして、いよいよ東京以外の地域です。

●千葉県市川市:3,037万円
●千葉県浦安市:4,530万円

総武線快速で東京駅直通10分台アクセスが可能な「市川」駅がある市川市は3,000万円台ですが、同じく京葉線利用で東京駅へ10分台の「舞浜」駅・「新浦安」駅を有する浦安市は4,000万円台半ばまで高騰します。東京ディズニーリゾートの熱狂的ファンや、新浦安の湾岸リゾートエリアに集まる中高年リタイア層が高値を底支えしているのでしょう。

●神奈川県川崎市中原区:5,086万円
●神奈川県横浜市青葉区:4,065万円

郊外の低層住宅地内に突如現れたタワーマンション群。その街並みの変貌ぶりで注目を集めた「武蔵小杉」駅がある川崎市中原区は、タワマン需要が功を奏して5,000万円台の高値が付きました。また、「阪急線沿線の雰囲気に似ている」と関西からの転勤族に人気の高い東急田園都市線「青葉台」駅がある横浜市青葉区も4,000万円台に載せています。

●埼玉県さいたま市浦和区:4,039万円
●埼玉県さいたま市大宮区:3,518万円

京浜東北線をはじめ複数路線が乗り入れる「浦和」駅を中心に開発が進められてきたさいたま市浦和区。商業・医療・教育のインフラがバランスよく整った暮らしやすさで定評があるため、4,000万円台の相場価格もうなずけます。

一方、東北・上越新幹線の合流ポイント「大宮」駅があるさいたま市大宮区は、東京駅から在来線利用で30分~40分台と若干の遠方感はあるものの、3,000万円台半ばまで乗せています。

■まとめ

東京都港区など、いわゆる「都心3区」のマンションは、実需ではなく趣味や投資、税金対策のためのものと考えたほうがいいでしょう。このような特殊な物件でなく、一般的な家族が穏やかに暮らせるマンションは東京23区内にたくさんあります。

前述の埼玉・千葉・神奈川の各地域の相場価格を見れば分かる通り、都心3区を除けば、東京都内の価格帯とそれほど変わらないのです。さいたま市浦和区で購入できる予算があるなら、葛飾区は余裕で購入でき、また墨田区・江東区も購入検討圏内に入るということです。

さらにいうと、「東京以外なら劇的に安く買えるだろう」という考えも間違いです。東京駅通勤圏内では、マンション価格帯にほとんど差はありません。安く購入したいなら、田舎暮らし・地方永住を真剣に考えたほうがいいでしょう。

都心にある職場への長い通勤所要時間、路線乗り換えの煩わしさを考えたら、千葉・埼玉・神奈川より東京都内に暮らす方がベストです。各企業とも、完全なテレワークへの移行に至っているところは、まだ多くありません。この機に「職住至近」の暮らしを再検討してみてはいかがでしょう。

※価格相場は、国土交通省「土地総合情報システム・不動産取引価格情報」に掲載された昨年(2019年第1四半期~第4四半期)のファミリータイプ中古マンション(3DK~4LDK)の取引価格から、各地域の平均価格(千円以下四捨五入)から求めたものです。