約120年ぶりの大改正を受けた新民法が、2020年4月1日から施行されます。今回の改正には、不動産の賃貸契約に影響を及ぼす内容も含まれています。すでに賃貸事業を行っている方はもちろん、不動産投資を検討している方も、改正内容を把握しておかないと思わぬトラブルに巻き込まれかねません。今回は、改正民法のうち、不動産投資に関係する主な部分について解説します。なお、ここでは2020年3月31日まで適用される現状の民法については「現民法」、その後の新しい民法については「改正民法」と呼びます。

賃貸住宅の原状回復ルールを明記(改正民法第621条)

一般的に、賃貸住宅では、借主(入居者)は退居するとき、借りていた家を原状回復しなければならない義務があります。現民法には原状回復についての規定がなかったため、トラブルの原因になりやすいことでもありました。そこで新民法では、原状回復義務について、民法第621条が新設されました。条文を確認してみましょう。


第621条

賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。


法文なのでわかりにくいかもしれませんが、以下のように要約できます。

  • 賃借人(借主=入居者、以下同)は、借りていた物件に損傷があった場合は、原状回復義務を負う
  • ただし、通常の生活で生じる損傷や、借主に責任がない損傷は、それに含まない

借主に原状回復義務があるけれども、その責任範囲がかなり狭められていることがわかります。たとえば、壁クロスの変色や畳や設備の劣化などは、普通の生活の中で自然に生じるものなので、原状回復を借主に求めることができない(通常の家賃に含まれる)と考えておく必要があります。

なお、これは、国土交通省が示している「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(再改訂版)」で示されている内容とほぼ同じです。

現在は、多くの不動産管理会社で、「ガイドライン」に準拠した契約を定め、そこから外れる部分は特約で対応しています。その意味では、新民法でも、実務的には現状と大きく変わる部分はないと思われます。

敷金のルールを明記(改正民法第622条の2)

現民法では「敷金」についての規定もありません。そのため、入居者が退居するときに、一般的には敷金から原状回復を差し引き、その差額があれば差額を返済するのが普通でしたが、その額などをめぐってのトラブルも多発していました。今回の改正では、民法第622条の2で敷金を規定しています。


第622条の2

第1項

賃貸人は、敷金(いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。以下この条において同じ。)を受け取っている場合において、次に掲げるときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。

一、賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき。
二、賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき。

第2項

賃貸人は、賃借人が賃貸借に基づいて生じた金銭の給付を目的とする債務を履行しないときは、敷金をその債務の弁済に充てることができる。この場合において、賃借人は、賃貸人に対し、敷金をその債務の弁済に充てることを請求することができない。


この条文も法律用語が多くわかりにくいので、「口語訳」してみます。

  • 貸主(オーナー)は、借主が退居したときは「債務の額を控除した残額」(未払いの家賃や原状回復費用)を減額して敷金を返還しなければならない
  • 貸主は、借主が「債務」を支払わないときは、敷金をそれにあててよい

これも、「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」に基づいて行われている現状と大差ありません。今ままでは法的な規定がなかったものを、条文化して明確に規定したといえるでしょう。

先ほど見た第621条で、経年劣化などによる損傷については、借主は原状回復の義務を負わない、という条文とあわせて考えると、「借主の退去時に、賃貸物件に経年劣化による損傷しか発生していなかったら、敷金は全額返還しなければならない」ものだと理解しておくとよいでしょう。

連帯保証人の保証限度額を定めることの義務化(改正民法第465条の2)

マンションオーナーにとって、連帯保証人制度は、万一の賃貸未払いトラブルなどの際に助けられる仕組みです。しかし、連帯保証人側から見ると、自分が借りているわけではないのに、いきなり「入居者の人が家賃を滞納したので払ってください」といわれては寝耳に水です。加えてその金額も事前にわからないのでは、たまったものでないということになります。そこで、今回の民法改正で、連帯保証人の保証範囲などについてルールが変更されました。

まず、賃貸借契約書を締結するとき、個人が連帯保証人になった場合、連帯保証人の事項に保証の極度額(責任限度額)を書面に明記する必要があるとされました。これが定められていないと、その連帯保証契約は無効となります。

今までだと、たとえば「家賃6万円の連帯保証人になってください」といわれて、「6万円の保証人なら、まあいいいか」と思って連帯保証人になった人が、ある日いきなり「1年分の家賃滞納と原状回復費用をあわせて100万円を払ってください」と請求されて、トラブルになるケースがありました。

それが、最初から「極度額100万円の連帯保証人」などと契約の際に明示されるようになるわけです。連帯保証人からすると、「いくら保証させられるのかわからない」という心配はなくなります。しかし、最初から100万円、200万円という高額な保証金額が明示されることになるため、逆に連帯保証人を引き受けてもらいにくくなるかもしれません。

オーナーからすると、極度額を低くすれば連帯保証人になってもらいやすくなりますが、保証の意義が薄れます。逆に、極度額を高くすれば安心ですが、連帯保証人を付けにくくなることになります。オーナーは難しい判断を迫られることになりそうです。

連帯保証人に対する情報提供義務の強化(改正民法465条の10、改正民法458条の2)

また、連帯保証人に対する情報提供の義務も強化されています。

まず、連帯保証契約を結ぶ際に、主債務者(入居者)の財産や収支に関する情報を、連帯保証人に提供しなければならなくなりました(改正民法465条の10)。

また、連帯保証人からオーナーに対して「入居者は家賃を払っていますか」などの問い合わせがあった場合に、その状況などについて遅滞なく回答することが義務となりました(改正民法458条の2)。連帯保証人になってもらう以上、きっちり情報提供しなさい、という趣旨です。

連帯保証に関する改正は、全体的に、連帯保証人の保護強化の方向での改正です。オーナー側にとっては、今までとは異なる対応が求められるようになります。具体的には、家賃保証会社の活用などは、今まで以上に広がると思われます。

借主が家を修繕する権利が追加された(改正民法第607条の2)

借主が借りた家を修繕する権利が追加された点も、今回の民法改正のポイントです。今回新設された民法第607条の2の条文は次のとおりです。改正点ではありませんが、民法第608条も併せて紹介します。


第607条の2

賃借物の修繕が必要である場合において、次に掲げるときは、賃借人は、その修繕をすることができる。

一、賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し、又は賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず、賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないとき。
二、急迫の事情があるとき。

民法第608条

賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる。


民法第608条は、借主が賃貸住宅を修繕したときは、その修繕にかかった費用を貸主に請求できる、と規定しています。
ただもちろん、修繕ならなんでも貸主に請求できるわけではありません。第607条の2によると、借主が修繕して、その修繕費を貸主に請求できるものは次のとおりです。

  • 借主が貸主に「必要である」と知らせているのに、貸主が修繕しないとき
  • 修繕をする必要性が高いとき

このようなルールになっていると、オーナーとしては、「借主から『修繕が必要だから修繕してほしい』と言われても、自分は必要がないと思ったときはどうなるのか」という疑問がわくでしょう。「修繕の必要性」や「修繕の急迫性」は、主観的な部分もあるので、トラブルの原因になる可能性があります。

オーナーの自衛策としては、たとえば事前に「壁紙の変色ぐらいでは、修繕の急迫性を認めない」といったルールを定めることなどがあります。

家の一部が使えなくなったら家賃を減額する(改正民法第611条)

この条文では、賃貸住宅の一部が使えなくなった場合、家賃を減額しなければならない(第1項)、賃貸住宅の一部が使えなくなったことで借主が「目的を達せられなくなった」ときは、借主は賃貸借契約を解除することができる(第2項)と定められています。

この民法第611条は新設ではなく、改正されました。改正前後の条文を読み比べると、改正によって貸主(不動産投資家)の負担が大きくなることがわかります。ここでは第1項のみを見てみます。


民法第611条

第1項(改正後)

賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される。

(改正前)

賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは、賃借人は、その滅失した部分の割合に応じて、賃料の減額を請求することができる。


改正前は、家賃を減額するのは「滅失したとき」のみであり、しかも借主が「減額を請求」しなければなりませんでした。しかし改正後は、家賃を減額するのは「滅失、その他の事由、使用できないとき、収益できないとき」と、対象が広がっています。また、第1項では、借主が減額を請求する必要もありません。

オーナーは、民法第611条改正により、「家賃を減額しなければならないケースが増えそうだ」ということを想定しておいたほうがいいでしょう。

まとめ

改正民法は、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」に基づいた契約の現状を追認して明文化したような部分もあれば、連帯保証人や借主の権利をやや強化している部分もあります。

いずれにしても、2020年4月1日以後の契約については、新法に基づくものとなりますので、その内容はよく確認しておいてください。