会社員として働くかたわら、同人サークル 劇団雌猫の一員として「浪費図鑑―悪友たちのないしょ話―」(小学館)、「一生楽しく浪費するためのお金の話」(共著:篠田尚子/イースト・プレス)など話題の書籍を次々出版、ライターとしても活躍されるひらりささん。実は今年に入って、たいへんショッキングな出来事があったのだそうです。反省と、そして啓蒙を込めてお話いただきました。

気をつけろ。儲け話と顔のいい男

人生には、3つの坂があるという。
上り坂、下り坂、まさか。

松下幸之助の格言だとか、落語や講談に由来するとか諸説あるが、ようは「人生は調子がいいときばかりではないし、不測の事態が起きることもある。どんなときでも乗り越えられるように、人間関係や備えを築いておけ」という含蓄の込められた言葉である。

いつでも自分の好きなものに好きなだけお金をつぎこんでいられる独身アラサー女子という身分を謳歌している私――ひらりさは、20代中盤まで、ほとんど下り坂と“まさか”に見舞われずに生きてきた。10代のころに両親が離婚し、母方に引き取られてしばらくは「お金が尽きて路頭に迷ったらどうしよう……」という不安に苛まれていたが、父は養育費を払ったし、母も無事に正社員の職を見つけて稼ぎ出したので、実際に財政状態が困窮するということにはならなかった。

新卒で入ったベンチャーの給与は激務にしては安かったが、額面としてはそこまで悪くなかった。27歳まで実家暮らしだったこともあり、飲み会やオタク趣味にどれだけお金を使っても、月3〜5万円くらいは貯金がたまっていったし、学生時代に家庭教師バイトで荒稼ぎした資産もまだまだ残っていた。友人が紹介してくれたファイナンシャルプランナーにアドバイスをもらう機会などはあったが、家計簿アプリも3日と続かないズボラな性格なので、資産形成に対しては「まあ困ったらそのとき考えるか」くらいの意識だった。

そんな私が、株式投資や投資信託などによる資産運用に手を出したのは、人生の下り坂に備える気になったから……ではなく、当時知り合った、顔がめちゃくちゃ好みの男性が、いわゆる「投資オタク」だったからである。

30代になる前に1000万円を貯め、それを頭金に投資用不動産を購入し、さらに株式や投資信託、外貨積立などにも手を出しているという彼は、本業もけっこうな高給取りにもかかわらず毎日こまめに投資の情報を収集し、曰く「トータルで年利回り20パーセントくらいかな」という高利回りを実現していた。

触発されて株式投資を開始した私にも、彼は知識や分析に裏付けられた根拠に基づいてオススメ銘柄や今後の市場の見通しなどをあれこれレクチャーしてくれた。数字やデータの裏にある、銘柄やビジネスの話はたしかに面白く、私も「会社四季報」を購入したり、日経電子版を購読したりして、にわか投資オタとなっていった。

しかし、株式投資で継続的に利益を上げるには、日々の値動きをチェックして、適切なタイミング・金額で売買の注文を入れ、損をしそうなときには臨機応変に撤退するという、非常にきめこまやかなテクニックと、そのために費やす時間が必要だ。銘柄によっては数万円程度の利益を出せたこともあったが、根っからの投資好きというわけではなく、仕事もそこそこ忙しかった私は「うーん、よくわからないけどとりあえず買っちゃおう」「わー下がっちゃったよ怖いよ売っちゃおう」的な、片手間で雑すぎる売買を繰り返していくスパイラルに陥り、最終的にはトータル数十万円近いマイナスを出すことになった。「やっぱり毎日コツコツやらないといけないものは無理だ!」と観念し、株式の短期トレードから手を引くことにした。

手を引いて……一旦すべての投資活動を休めばよかったのだが、手元に自由に動かせるお金ができた私は、ここで「ソーシャルレンディング」に投資していくことを決めてしまう。これが“まさか“の始まりだった。

投資にリスクはつきもの。……でも詐欺かもしれない!?

ソーシャルレンディングとは、簡単に言うと「お金を借りたい企業・事業者」と「お金を貸したい個人」をネット上で結びつける、新しいタイプの投資サービスである。「クラウドファンディング」を想像してもらうとわかりやすいかもしれない。クラウドファンディングは、大きな金額が必要なプロジェクトを検討している人が、個人の支援者から少額のお金を集めてプロジェクトを実現し、その成果物や付随するおまけをリターンとして支援者に返還する仕組みだが、ソーシャルレンディングでリターンとして期待されるのは元金と、お金を貸していた間の利息というわけである。

「まだ新しいサービスで、注目している人は少ないけれど、いろいろな企業がサービス運営会社に出資を始めているし、利率もそこそこ良くておすすめですよ。ぼくも先日始めてみました」

(顔がいい)知人男性からのすすめと、口座の開設手続きがネット上で完結するシンプルさ、ファンドに出資してしまえば返還期日までほったらかしにしておける手軽さ なども自分に合っていると思い、数あるソーシャルレンディングサービスのなか、某社のサイトに口座をつくった。「各省庁出身の元官僚が取締役に名を連ねており、公共事業案件が豊富で、なんか社会貢献もできてよさそう」という好印象が決め手だった。

おそるおそる投資した最初の2案件は、6ヶ月くらいしたら無事に元本と、予想されていた利息が戻ってきた。だいたい利回り8〜10パーセントくらいだったろうか。株式投資をうまくこなしている人が上げているリターンに比べると少額に思えるが、このゼロ金利時代において、けっこうな高利率だ。今にして思えば「公共事業って、そんなに儲かるプロジェクトなのか……?」「どういう運用実態なのだろうか?」と疑ってもよかったのだが、当時の私は、利率以外の説明文をほとんど読まずに「え、すごく儲かるじゃん!」とハイテンションになり、当初決めていた金額から倍プッシュ、今度は4案件−−返還までの期間が1年以上かかるが、そのぶん利率はいい−−を同時に回すことにした。4案件まわすと、毎月1万円は分配金があり「なんて利息のよい定期預金だろう」くらいの気分にすらなっていた。そう、コトが起きるまでは。

そもそもソーシャルレンディングは、元本が保証されている投資スキームではなく、きちんと運用されているファンドであっても、元本倒れや、利息ゼロといった結果になることはめずらしくない。また、貸付を受ける企業は匿名化されており、そうした貸し倒れの際に、ファンドの実態や、貸付先の問題を追及するのがきわめて困難である。……などといった、ソーシャルレンディング自体のリスクを、私はちっとも理解していなかったのだが、実際に起きた“まさか”はもっと深刻だった。

なんと、私の投資した案件のひとつだったファンドの元重役が貸付先企業と共謀して架空の事業プロジェクトを騙り、投資家から集めた16億円ほどが流出してしまっているというのだ。当然、3月に満期予定だった元本は返還されないという。……え、それって詐欺ですよね???

某社からメールで届いた「重要なお知らせ」を読んだ時点では、なにかの悪い冗談では? という思いを捨てきれていなかったのだが、その後日経新聞やNHKのウェブニュースも出始め、法律事務所が集団訴訟のお知らせを出すにいたって、ようやく「これはいよいよひっくり返せない出来事が起きている……」と肌身にしみた。2年間ほとんど目を通すことのなかった説明文や運用報告書とにらめっこし、投資しているファンド番号、これまでに分配された金額、これからの配当予定額などなどをExcelにまとめ、集団訴訟の原告手続きを行った。両親の離婚を通じて「訴訟! めんどい! 死!」と警戒心を持っていたが、めちゃくちゃ手軽でスムーズだった。全然うれしくはないが……。このケース以外にも同種のサービスで、ファンドの虚偽説明や、表示とは違う投資先の資金流出といった問題が起きており、いくつか集団訴訟が提起されている……なんてことも自分が被害にあってから、初めて知った。

もちろん、「投資」と名のつくものには多かれ少なかれ、リスクがつきものだ。とはいえ、人生の“下り坂”や“まさか”に備えるための投資のはずが、出すはずのない損害をこうむり、まさかの集団訴訟に参加することになるという顛末までは予想していなかった。

しばらく連絡していなかった、件の男性に被害のことを伝えた。

「え、まだ投資してたんですか? ぼくは2案件くらい戻ってきたら手を引きましたよ」

やはり投資が上手い人は危機察知能力が高い。そして他人はやはりどこまでも他人なので、いくら親切といっても、こちらの投資に最後まで責任はとってくれないのである。

よい資産運用のコツは、自分の頭で考えること

別に経験しなくてもいい“まさか”ではあったと思うが、それでもまあ、今回の被害をポジティブにとらえるならば「人生も投資も、他人まかせにしてはいけない」という原理原則を徹底的に脳裏に刻むことができたことである。ついでに件の男性からのそっけない返信を読んで、まだ何となく残ってた彼への未練も、スパッと切れました。結果オーライでは?

法律事務所から定期的に送られてくる集団訴訟の進行状況をチェックしつつ、私は現在、ロボット投資と、iDeCO(個人型確定拠出年金)にしぼって、資産運用をしている。少なくとも今は、自分の頭で考え、調子いいからと倍プッシュせず、目先の利益を追わずに、のんびりゆるりとお金を育てる気分だ。この文章を読んでいるみなさんが、「自分の頭で考える投資」で納得のいくリターンを得られるよう、心から祈っております。その代わりに、私のXXX万円が少しでも戻ってくるよう、祈っていただければうれしいです。

〈プロフィール〉
ひらりさ
平成生まれのアラサー腐女子。BLと酒を主食に、会社員のかたわらライター活動をしている。同人サークル「劇団雌猫」としての企画・編集・執筆も行っており、近著に『一生楽しく浪費するためのお金の話』がある。
Twitter:@sarirahira
note:アラサーのさらけださない日記