現在フリーランスのエッセイスト・ライターとして活動されている海坂侑さん。かつて、まったく畑の違う業種の企業に勤務し体調を崩して休職、その後退職された経験をお持ちだそう。闘病には何かとお金がかかるものです。今回は急な環境の変化の中で海坂さんが実感された、“知識の大切さ”をポイント別に教えていただきました。

いつまでもあると思うな 健康なメンタルと金

すっかり暖かくなりましたね。桜の花も散り、人びとの服装は華やぎ、早いものでゴールデンウィークを迎えようとしています。この春、就職や転職などで新生活を迎えられた方も多いのではないでしょうか。みなさんの新年度が充実したものになったことを願って止みません。

こんにちは。エッセイスト・ライターの海坂 侑(うなさか ゆう)です。29歳、東京の隅で、美しい猫と気ままなふたり暮らしをしています。恋人もおらず、会社勤めもせず、将来について真剣に考えることもない、まるでご隠居のような生活。ですが、実はちょうど3年前まで、私はIT企業の営業職として、まさに昼も夜もなく身を粉にして働くビジネスマンでした。
そんな自分が大好きだったし、仕事を誇りにしていたし、そのまま順調にキャリアを積み上げていくものとばかり思っていました。今でもあの頃を恋しく、懐かしく思うことがあります。けれど結果的に心身の調子を崩し、下された診断はうつ病。半年間の休職の末、会社を退職してしまいました。

今回マネープランニングのコラムを寄稿させていただくにあたり己の人生を省みたとき、順調な会社員生活から一転、体調を崩して休職・退職を余儀なくされた、この約1年間こそが、精神的・肉体的、そして金銭的に最も厳しい時期だったと苦い記憶がよみがえりました。そして、もしあの頃お金の悩みさえなければ、もう少しだけ生きやすくなっていたのかなあ とも思ったのです。
未来への希望いっぱいで駆け出さんとしているみなさんに呪いをかけたい気持ちは毛頭なく、たとえるならば万が一に備えた防災袋を準備するような意味合いで、“先人の知恵”を授けることはムダではないと信じ、私の体験をコラムにまとめさせてただきたいと思います。

今回は、私が病に倒れた前後期間の実体験から

① やっておいてよかった
② やっておけばよかった
③ やらなければよかった

この3つの観点で資金対策をお話します。“全社会人基本のキ”的なものから、ごくごく限られた人にしか関係のないものも挙げましたが、共通するのはお金や制度に関するものであること。今をときめくビジネスマンのみなさん、どうか自分には無関係なことと切り捨ててしまわずに、記憶の隅に留めておいていただけると、まさに今も春の嵐の低気圧にやられベッドに臥せながら音声入力でこの原稿を書いて……いや、喋っている私も、報われるというものです。

①やっておいてよかった 3選

財形貯蓄

企業の福利厚生のひとつで毎月の給料から一定額を天引きするかたちで貯金をしてくれるというものです。メリットは、知らず知らずのうちに貯金ができること。一定期間(私の場合は1年でした)を過ぎないと引き落とし手続きができないこと。そして、金利がメチャクチャ高いこと!
財形貯蓄についてはこちらのコラム が詳しかったのでぜひ参照なさってください。

また、福利厚生に財形貯蓄がない場合も、自分で似たような仕組みを構築することができるようです。その方法はコチラから参照ください。
私は入社時に月5,000円から始めて以降少しずつ額は増やしていったものの、それ以外では一切貯金をしていませんでした。“宵越しの金は持たない”を座右の銘にするほど浪費家の私ですが、結果的にこの慎ましい貯蓄が退職金代わりになって、とても助けられました。たかが3年分、されど3年分。コツコツ貯蓄は決してムダじゃないんですね。

副業

元勤務先の元上司がもしこのコラムを読まれていたら先に平伏して謝ります。申し訳ありません。そう、元勤務先は副業禁止でした……。

勝手に時効ということにさせていただいて話を進めますが、休職している期間も含めると私は計三つほど、ほかの仕事もしていました。どれもお小遣い以上の稼ぎにはならない気軽なものでしたが、その微々たるお金が生活の支えになったのも確かです。逆に言うと、当時それだけ困窮していたということでもあります(笑)。

会社の外の世界に触れたことで視野が広がり、「ああ、今の会社に属さなくても、さまざまな生き方があるんだな」「自分にはこういうスキルはあるのだな」と気づくことができたのも大きかった。そのおかげで、会社を辞めても絶望せずに、シームレスに現在の隠居生活へ移行できたわけです(よかったのかはわかりませんが……)。

自立支援医療制度

市区町村単位でおこなわれる、医療費の自己負担額を軽減する公費負担医療制度です。私の場合は「精神通院医療」ですが、身体障害や重大な病、手術などにも適用できます。医療機関(かかりつけ医と薬局)での自己負担額が1割になるため、長期療養には不可欠な制度と言えると思います。

厚生労働省のホームページが詳しいので、当事者の方はぜひチェックをオススメします。
難点は何より、申請に手間がかかること! まず役所で書類を受け取り、医療機関で診断書を書いてもらい、役所に戻って提出したのち、審査。2~3カ月程度、証書が自宅に郵送されるのを待ちます。そして証書は通院のたびに医療機関に提示する必要があります。また、1年ごとに役所に出向いて更新手続きをしなければ失効してしまいます。

正直(この手続きを難なく遂行できる人は、支援など受けずともすでに自立できているのでは……?)という疑念を抱かずにはいられないし、あまりの面倒さに私自身、手続き完遂までに1年半を要しました(診断書の有効期限は半年なので、2枚ムダにしました)。
でも、その難関を乗り越えて本当によかった。制度は活用するためにありますよ。

②やっておけばよかった 3選

生命保険への加入

みなさん、保険、入ってますか? ご家族ができたことを機に保険に加入された吉本ユータヌキさん5歳さんとは異なり、独身街道邁進中の私にとって保険は目下無縁。……と思っていたのですが、幼少期に親が加入してくれていた保険が満期を迎えたことを知らされて、にわかに気になり始めました。もしもこの先、私が今よりも重大な病や怪我に罹患したら、その負担を背負うのは老いた家族。その事態はどうしても避けたいと思ったのです。

そこで新たに探し始めましたが、今の健康状態で加入できる保険が、何と探せど探せどひとつもない! 聞くところによると精神疾患保持者は、比較的審査が緩いといわれる外資系保険も裸足で逃げ出すほど忌避される存在なのだそう。しかし探すこと約1年、やっとやや割高ながら心の広い保険プランに加入することができました。

結婚・出産のタイミング、あるいは生涯独身の覚悟を決めたタイミング……自分のライフプランを考えたとき保険に入る必要性を感じるのであれば、種類も選べて値段も抑えられる、健康なうち! の加入をオススメします。

傷病手当金申請

傷病手当とは、病気やケガが理由で会社を休職する際に健康保険協会を通じて給付される手当金のこと。なんと給与の3分の2もの額が最大1年6カ月間受け取れる、本当に心強い制度です。その間、治療に集中することができるのです。全国健康保険協会のホームページに概要があります。

難点がやはり、その手続きの煩雑さ。まず、会社から郵送されてくる書類をかかりつけ医に持参し記入してもらいます(診断書料金もなかなか痛い)。それを次回以降の診察で受け取り会社へ返送。会社はそれを行政に提出し、やっと手続きが始まります。給付金が振り込まれるのは2~3カ月先で、しかもこれを毎月繰り返す必要があります。毎月!
通院するのもままならないほど体調が悪いのに、書類を不備なく揃えて医院と郵便局をハシゴして、お金の無心をするなんて……。(これを何てことなくできる人は、今すぐにでも職場復帰できるのでは……?)と思いつつ、私はどうしてもツラくなってしまい、結局半年間の休職期間のうち、2カ月分しか受け取らないでしまいました。

しかし、今になって思うのです。もらえるもんは、もらっとけばよかったッ……!!
まとめて申請したり、後から申請したりすることも可能なようです。もらえるものは、もらっておきましょう。

退職後のハウツーを知っておく

会社を退職した後、次の職に就くまでに空白期間がある場合は雇用保険が受け取れる。きっと、多くの人が持っている知識ですよね。何ともありがたい制度です。では具体的に、どんな条件の人がどこでどんな手続きをすると、どのくらいの期間いくら受け取れるのか、ちゃんと把握できているでしょうか? 私は把握できていませんでした。そして実は今もまったくわかりません。その結果、退職後のあの困窮していた時期に1円も受け取ることなくただ苦しみ抜いてしまいました。

思えば、会社から最後に届いた荷物の中に、雇用保険の案内も一緒に封入されていたのですが、精神的に摩耗しきった当時の私にはビッシリと文字に埋まったその紙を読み込む気力がありませんでした。(お金なんかどうでもいいから今この瞬間の苦しみをどうにかしたい……)という気持ちに囚われていたのですね。でも、お金がなければ苦しみを取り除く資本も枯渇するわけですから、本当は重要なことなのです。知識は万が一の備えとして、身につけておくに越したことはありません。

ハローワークのホームページによると、手当を受け取るのもなかなかラクではなく、毎月1度はハローワークへ通い、就業の意思を明示する必要があるのだそうですね。またもや(それができる人はとっくに再就職してバリバリ働けるのでは……?)と思ってしまいそうですが、世の中はやはり甘くありません。

③やらなければよかった ベスト1

クレジットカードの利用限度額をデフォルト設定にしておいたこと

クレジットカードの利用限度額、みなさんは覚えていますか? 契約時にカード会社から決められた、そのままになってはいませんか?
バリキャリOLから一転、心身をどんどん持ち崩していった当時の私ですが、同時に壊れていったのが金銭感覚でした。激務に耐えるために常に何かを食べていなければ起きていられず、また頻繁に買い物をしてモチベーションを上げなければ仕事をする気になれない。カード利用頻度も額もどんどん増え、当然ある日パンクしました。返済が終わったのも、実はつい最近のことです。お恥ずかしい話です。

普段通り働けなくなるということは、普段通りお金を使えなくなるということ。そうでなくてもカードの利用限度額はギリギリに設定されているものなので、自分の金銭感覚を正常に保つために、低く抑えておく必要があったな……と反省しきりです。唯一自分を褒めるとすれば、リボ払いに手を出さなかったことくらいでしょうか。

情報強者になれば富豪にだってなれるはず。ガチで

あまりに意識の低い内容で書いていて申し訳なさが募ってきましたが、しかしこれらはすべて実体験に基づくものです。1番の理想は、みなさんが心身ともに健康でやりがいをもって仕事に取り組めることですが、もしもそれが難しくなってしまった場合でも、それを失敗や挫折と断じて落ち込んでしまう必要はありません。
社会にはさまざまなセーフティーネットがあり、制度があり、また生き方があるわけです。あとはそれをうまく活用する方法を知ってさえいればいいのです。

元気なときこそ、知識を身につける余裕もあるはずですから、ご自身のため、大切なひとのために、万が一に備えた対処法に関心を持ってみてもらえると嬉しいです。海坂侑でした。

〈プロフィール〉
海坂 侑
フリーライター・エッセイスト・編集者。映画・小説・落語が好きで、煙草と酒が手放せません。果物を主食とし、都内にうつくしい猫と暮らしています。浪費どころか嵐のようにお金を使ってしまいます。
Twitter:@ameni1952